116:落選とプレッシャーからの解放
杭州代表との地区対抗戦。
審査は二次審査に入った。
続いての審査では3対3のダンスパフォーマンスを行う事になった。
俺は残っていた6人の中で一番ダンスが下手だったし恐らく6人いる中で人気が最も低かっただろう。
もし上海代表がこの審査に負ける事になればそれはかなりの確率で俺の落選を意味したのだ。
下手なりに俺はベストを尽くす事だけを心掛けダンスを踊り切る。
踊り切った後で最初に待っていたのは各地区が全国の視聴者から集めたショートメールの総得票数の発表。
会場中の誰もが息を呑んで見守った次の瞬間、会場に用意された巨大スクリーンに両地区の獲得した総得票数が発表される。
上海地区のファンからは悲鳴が。
杭州地区のファンからは歓喜の声が上がった。
上海代表は杭州地区の得票数を上回る事が出来ずこの時点で誰かが落選しなければならない状況に陥ったのだ。
この時点で残っていたのは俺以外に上海人気ナンバー1選手と上海予選チャンピオンの二人。
今まで何度となく見てきた落選して最後のコメントを残して会場を後にしていった選手の数々。
その光景が頭の中でリアルに自分と重なりイメージ出来た瞬間だった。
3人の獲得した得票数が発表された後、その光景は現実となって俺の目の前に現れた。
今まで何とかここまで歩いてきた俺だったけどどうやらここが俺のゴールだったようだ。
落ちる瞬間はきっと辛いんだろうなと考えていた俺にとってその瞬間は意外にもあっさりでむしろすっきりした気分であった。
今までどんな条件、状況下でも精一杯頑張ってきた自信はあった。
だから後悔はなかったしむしろプレッシャーから解放された事の方が清々しかった。
司会者から何か最後に一言コメントはあるかを問われ俺は胸いっぱいの感謝とお礼を会場に来てくれているファンやテレビの前のファン達に伝え会場の花道を歩き出す。
そこに待っていたのは最後まで泣きながらも俺を応援し続けてくれた俺のファングループのリーダーと副リーダーだった。
彼女たちの泣き崩れた顔を見ると俺は今までの彼女たちの精一杯の応援にただただ「謝々!」という言葉しかかける言葉が見つからなかった。
彼女達と握手を交わした後、退場をしようと再び歩き出すと多くのファンでごった返した花道を掻き分けるようにそこに現れたのは今までのオーディションですでに落選していた上海地区の番組参加者2人だった。
その後彼らは俺を肩車してそのまま花道を連れ出したのだ。
落ちた瞬間は悲しさなんて微塵もなかった俺だったがこれだけ多くの人間に応援され歩き続ける事が出来たオーディションであったのだとその光景を目の当たりにし実感すると何だか涙が出そうになり、それを誤魔化す為に精一杯の笑顔を振りまきながら会場を後にしなければグシャグシャに崩れてしまいそうな自分を感じていた。
117:敗者復活戦
1か月半以上ほぼすべての時間と神経を注ぎ込んできたオーディションに俺は落ちた。
考えてみればギター1つだけを抱え結果なんてどうなるかは全く分からない状況下で乗り込んできた中国のオーディション番組で上海のトップ5にまで残り全国大会にも出場したのだ。
「中国の国民的オーディション番組に参加をしても外国人はトップ10以内には絶対に残れない。
増してや日本人がそこに残るなんていう事は奇跡でも起こらないだろう。」
多くの人にそう言われながらも歩き続けた道の上で俺はその手前までたどり着く事の出来た結果に悔しさを感じながらも納得はしていた。
オーディションに落選した翌日、世話になった宿舎を後にしようと荷物をまとめていると番組スタッフからまだ帰らないようにと連絡が入る。
臨時で全国大会の敗者復活戦が一度だけ行われるというのだ。
ただしそこに俺が参加出来る事になるかどうかはまだ分からないらしい。
敗者復活戦に挑む事が出来るのは全国大会で落選した選手の中から10人まで。
その10人を決めるのは加油!好男児公式HP上でその日から行われる事になる各落選選手へのファン投票の得票数だというのだ。
次回のオーディションは落選者10名による敗者復活戦。
俺がそこに参加をするにはファンのみんなにその運命を委ねるしか方法がなかった。
ファン投票を受け付ける期間はちょうど1週間。
投票を締め切った時点でトップ10に入る得票数を獲得した者は必然的にもう一度だけオーディションのステージに立つチャンスを与えられる。
そしてもし敗者復活戦を勝ち抜く事が出来れば再び本戦に戻る事が出来るのだ。
それぞれの落選選手にとって待つ事しか出来ない長い長い新たな戦いがスタートした。
118:俺の心に宿ったもの
敗者復活戦への出場資格を賭けた新たなファン同士の争いがWEB上でスタートした。
全国大会で落選した各選手のファン達はこぞって自分の応援する選手が再びオーディションに戻れるようにと投票を開始する。
本来であれば一人一日一票しか投じる事の出来ない投票の仕組みだったようだが誰かがそれを打破する方法をネット上に書き込むとすぐにその方法が蔓延して一日中眠らずに投票を繰り返すようなファンまで現れた。
インターネット上の加油!好男児の掲示板ではそういったファン同士の様子や書き込みが逐一把握出来たし、そのアクセス数や加熱ぶりはとにかく物凄くて尋常ではなかった。
選手の獲得した票数がWEB上ではリアルタイムで確認出来たからいつでも俺は自分の順位や票数を知る事が出来たし、2~3日を過ぎた段階での票数が非常に低かった事を確認すると心のどこかで敗者復活戦への出場を諦める準備を始める。
だがその逆境に奮起したのが俺を応援してくれるファンのみんなだった。
「このままだと小松は敗者復活戦に出れないよ。みんなもっと投票を続けて!」
「私はもう2日間寝ないで投票を続けている。さすがに体力の限界!誰か私に代わって投票をし続けて。」
「他の選手のファン達は物凄い勢いで投票を入れている。このペースで私たちが投票してたらあっという
間に時間が過ぎて小松の落選が決まっちゃうよ。学校や職場の友達にも小松に投票するようにみんなで呼びかけて!」
「ここで小松が落選してしまったら小松は日本に帰っちゃうよ。小松を日本にまだ帰らせないで!まだ私は小松を見ていたい!」
ファンの子の中には一日中パソコンに張り付き単純に投票を繰り返すという行為を俺の為に行ってくれるという子も大勢いたのだ。
少し過剰とも見えるこんなやり取りが百度の小松拓也掲示板では絶えず見る事が出来た。
ここまで彼らを動かしていた原動力は純粋に俺の為にだったのか?それとも他の選手のファンに負けたくないという競争心からだったのか?
それともそういった行為を続ける事でのある種のストレス発散や自己満足だったのか?
確かな理由は分からないがこの現実の真ん中にいたのは「小松拓也」という存在、それだけは間違いのない事実だった。
そしてそんな人たちの応援はやがて現実の数字となって表れ始める事になる。
とんでもない勢いで俺は順位を上げ始め、4日目あたりには敗者復活戦への出場圏内の10位に初めて名前を連ねるのだ。
こうなると逆転された他選手のファン達が黙っていない。
更に猛烈な勢いで投票を繰り返し再び順位を引っ繰り返される。
こんな応酬がしばらく続いた。
そうして1週間を迎えようとしている頃、俺は最終的に安全圏内に名前を連ねていた。
みんなから与えられた敗者復活戦への出場資格。
「何故に日本人の俺の為にここまで頑張ってくれるのだ?こんなに親身になって応援してくれるのだ?」
俺は自分の力ではなく、ファン達の力によってもう一度だけステージに立つ資格を手にする事が出来たのだ。
あの1週間、俺は絶えずファンの人達が互いに応援し、励まし合いながら俺に投票してくれる姿を傍観し続け、そんな姿に感動し感謝を感じ続けてきた。
「次のオーディションではどんな事があっても必ず勝つ!こんなにも自分を応援してくれた人に報いるにはそれしか方法が思いつかない。」
あの時俺の心に宿った闘志や気力を伴った大きな意志はそれまでの人生でいまだかつて自分が感じた事のないほど強固で頑丈な信念へと変わっていく。
「応援してくれている人達の為に勝ちたい!」
オーディションを通じて初めて覚えた感覚だった。
119:負けられない思いを背負って
ファンのみんなが睡眠時間を削ってまで投票し続けてくれたお陰で手にする事が出来たオーディション敗者復活戦への切符。
俺が当事者でなく他人であったならここまで猛烈に応援してくれる人達をきっとどこか冷ややかな目で見たり感じたりしていたかもしれない。
でも理由は何であれ俺は生まれて初めてあそこまで必死に人から応援され、励まされ勇気付けられたのだ。
しかもこれらは全て中国という異国での経験だ。
覚悟を持って臨んだアウェーでのオーディションとは言え様々な問題が次々と目の前を通過していき、当初の意気込みだけではとても意欲や願望を持続出来そうもないオーディションだったわけだ。
ネット上での反日感情の書き込みや反響もあったし、生活や日常の中でも日本では起きそうもないような異文化や習慣の違いなどによるハプニングの出現など、とにかく常にとまどってばかりの毎日だった。
ずっと気を張り巡らせて過ごしてきたから弱音は吐かなかったしネガティブには考えないように過ごしてきたが、本当は孤独で孤独で・・・。寂しさや不安でいっぱいだった。
そんな俺をずっと応援して支え続けてくれたファンのみんな。
仮に「応援をしてくれ!」と自分から頼んだとしてもここまで強烈な応援をしてもらえる現象など一体世の中のどれだけの人が一生のうちに体験出来るだろう?
そう考えると俺は本当に幸せ者だった。
そしてその感謝を必ず次のオーディションで結果を出す事でみんなに伝えたいと思った。
「どうせ一度は落選した身だ!もう何も怖くはない。それにみんなが与えてくれた新たなオーディション参加資格を絶対に無駄にはしない。」
その意気込みで挑んだ敗者復活戦はオーディション終了後に様々な人から最も印象深いオーディションだったと伝えられる事になる俺にとっても忘れられないオーディションとなる。
120:背水の陣
ついに敗者復活戦がスタートした。
この日の会場には何と番組側の計らいもあり、日本から父と妹がわざわざ仕事を休んで応援に駆け付けてくれた。
父と妹も初めて体感する加油!好男児の異様なまでに盛り上がった会場の雰囲気を自分の肌で体感するとただただその光景に圧倒されていたと後日話してくれる。
二人が座った席は俺のファン達が形成する応援団のど真ん中。
心細さの中ずっと一人で歩いてきたオーディションだっただけに父や妹が会場にいてくれると思うだけでもこの日は心強かった。
それに俺がこの敗者復活戦にかける覚悟は半端ないものがあったし応援してくれるファンのみんなの為にも絶対に負けられない気持ちで挑んだオーディションでもあったからこの日は今までのオーディションとは明らかに違うモチベーションで俺はステージに立つことになる。
敗者復活戦では10人の参加者の中から6人の選手が再び本戦のオーディションに戻る事が出来る。
最初の審査では5対5に分かれて歌の審査を行い各チームから1人ずつが本戦復活への切符を手に入れる事が出来るのだ。
出来れば早い段階で勝ち抜きを決めたかった俺だったが結局この審査での勝ち抜きを決める事が出来ず、続いての二次審査で行われる1対1の歌合戦に挑む事になる。
俺が対戦する事になった相手は07年度加油!好男児に参加した選手の中でも特に歌が上手かった武漢出身の人気選手だった。
俺はギターの弾き語りで曲を歌い上げ、対戦選手は非常に難易度の高いロックの歌を歌い終える。
その後会場の大型スクリーンには二人の獲得したショートメールの得票数が発表される。
会場の俺のファン達からは大きな溜め息や悲痛な叫び声が上がる。
俺は彼の得票数を上回る事が出来なかった。
結果、最終審査に全てを託さなければいけなくなった。
それでも何故だろう?
完全に追い詰められたあの段階で俺は今までにないぐらい落ち着き払い、それでいて感情はこれ以上ないぐらい高揚していたのだ。
「次の審査に全てをぶつけてみせる!」
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