91:緊張が興奮に変わった瞬間

 

スタッフに呼ばれると俺はそのままスタジオに入った。

 

俺を含めた5人の出演者達はみんな舞台裏にスタンバイさせられ現場ADの合図と共に本番はスタートし俺達は入場する。

 

会場に流れる音楽に合わせて簡単なダンスを披露しながらの登場となった。

 

そして音楽が鳴り止むと男女二人の司会者が登場し出演者一人一人にそれぞれの意気込みを聞いてきた。

 

俺は予め用意していた中国語で「日本から来た小松拓也です。皆さん是非応援して下さい。」とだけ答える。

 

中国語は話せる俺だったけど長い間使っていなかった事もあり大分あの時は下手になっていたし、そもそもそんなに多くを器用に語れるほどは元々上手くなかった。

 

だからオーディション参加中はいつも予め聞かれるであろう質問を想定し、答えを用意してから受け答えに臨むようにしていた。

 

当然臨機応変な対応を求められるシチュエーションも数多くあったがその度に上手く対応出来ずに反省する事になる。

 

だがオーディション初参加をしたあの時の収録ではドンピシャで予習した中国語がハマった。

 

お陰で余計な緊張もほぐれ程よい感じにその緊張は興奮へと変わっていくのだ。

 

あの日会場には3人の有名人を審査員として招いていて、その他に観客が100人ほど来ていた。

 

元々テレビ局側から出演者一人につき20名の応援団を呼ぶように指示されていたのだが俺には上海に友人や知り合いなど当時誰もいなかったから上海人のマネージャーの家族や親戚。そしてテレビ局側が用意してくれたサクラが数人俺のサポーターを務めてくれる事になった。

 

状況的には完全にアウェイでのオーディション参加。

 

でもそれがかえって開き直るきっかけになって良かったのかもしれない。

 

歌を披露するコーナーに差し掛かり周りの出演者が歌を一人ずつ歌い終わると俺は最後に5人目のパフォーマーとして登場する事になった。

 

周りの出演者が皆カラオケで歌を歌い終えた後、俺は静まりかえったスタジオでギターを片手に椅子にゆっくり腰掛け弾き語りで中国語の歌を歌い始める。

 

「さあ、ここからが本当の勝負だ。」

 

 

 

92:オーディション落選

 

ざわついていたスタジオが静まり返り少し張り詰めたような緊張感が会場を包んだ。

 

俺はその瞬間ギターの音を奏で始める。

 

不思議と緊張はなかった。

 

それどころか弾き語りを始める為にスタジオ中央に用意された椅子に座った瞬間からスイッチが入ったように自分の世界に浸り込む事が出来た。

 

「歌を歌っている瞬間あの空間は俺の世界だった。」

 

そう開き直って最初から最後まで自分自身の世界に入り浸った。

 

歌い終えると割れんばかりの拍手が会場を包む。

 

そして審査員が出した点数はその日参加者として唯一の満点が出される。

 

これで一気に観客の心を掴んだ俺は続いての特技のコーナーでもバドミントンのパフォーマンスを行い、ここでも満点の審査をもらう事が出来たのだ。

 

この時点で満点を出したのは俺のみ。

 

「もしかしたらこのままオーディション一回戦を通過出来るかもしれない…」

 

この時期はまだオーディションが上海予選だった事もあり全国大会のルールとは勝ち抜きを決める審査基準が異なり、審査員と予め選ばれた一般人数名によって最終的な勝者は決められる事になる。

 

全ての審査を満点で終えて俺は得点二位だった選手と一緒にステージ中央に立たされる。

 

二人の目の前に用意された箱に全ての審査員が各自一本ずつバラの花を入れていきながら最終的な勝者を決めるという方式で最終審査は下された。

 

最後の一人がバラを持って現れた時、二人の得票数は全くの同数。

 

最後の審査員は一瞬俺の前に現れたが次の瞬間身を返してもう一人の選手へとバラの花を投票した。

 

満点を取りながらもまさかの落選だ…。

 

心のどこかに受かるんじゃないか?という気持ちや感覚があっただけにショックを受け失意のまま番組は終了する。

 

乗り切らない気持ちを無理矢理に向けてせっかく遥々やってきた上海で俺は結果を出す事が出来なかった。

 

俺はオーディションに受かる事は出来なかった…。

 

 

93:敗者復戦へ

 

加油!好男児のオーディション上海予選を俺は落選という形で終えてしまった。
だが翌日テレビ局から再び連絡が入る。

 

「明日上海テレビにて敗者復活戦が行われるからそこに参加をしてほしい。」

 

その連絡を聞いてもしかしたらまだチャンスを繋げられるかもしれないと俺は敗者復活戦へラストの望みを賭ける事にする。

 

翌日上海テレビを訪れるとテレビ局の家屋外に簡易特設ステージが作られ多くの参加者が列をなしてオーディションを受けていた。

 

数百人がその日だけでも来場していただろう。

 

三人の審査員の目の前で参加者は一人につき一分に満たないぐらいのアピール時間を与えられそこでそれぞれ特技を披露していた。

 

歌や一発芸を披露する者、ダンスを踊る者、物まねする者。少ない限られた時間の中で皆それぞれ必死に自分をアピールしていた。

 

俺はその光景をしばらく見ながら自分の出番がやってくるのを待った。

 

1時間ばかり待っただろうか?

 

ついに俺の出番がやってきた。

 

俺は用意していたギターを持って前回のオーディションで歌った中国語の歌をもう一度弾き語りで披露した。

 

歌いながら感じたのは他の出演者たちよりも長く持ち時間をもらえているなという事。

 

結局歌は途中で止められる事もなく最後まで歌わせてもらえた。

 

歌い終えると審査員から幾つか質問を受け、最後に「好男児コンテスト(イケメン&好青年コンテスト)だから女の子にもし告白するならどうやってするか実践してみて。」と注文される。

 

俺は自分の中国語の能力でそんなに気の利いた事を言えなかった事もあり単純に「好きです。付き合って下さい。」とストリートに審査員に向かって伝えた。

 

次の瞬間会場に合格を告げる音楽が流れ俺はその日の合格者第一号となったのだ。

 

こうして俺は一度は落選したオーディションに再び戻る権利を手に入れたのだ。

 

 

94:上海予選に残った20人

 

敗者復活戦に合格した合格者は次々とテレビ局内にある待合室に通された。

 

そこには今までのオーディション通過者達もいた。

 

続々と部屋には合格者が集まりその人数は最終的に20人となる。

 

全員が集まると最後に番組スタッフが入室し今後の流れを合格者達に告げた。

 

これから毎日このメンバーでレッスンを行い翌週に収録される番組に備えるという。

 

また次回のオーディションは7:7:6にグループを分けそれぞれのグループにテーマ曲とテーマダンスが与えられチーム戦で争うという内容だった。

 

次のオーディションを通過出来るのは15人。

 

一時審査では各チームが1曲ずつ披露する。

 

その後各チームの中から審査員が独断と偏見で一名ずつパフォーマンスが劣ると判断した計3人の参加者を選出してその時点で落選とする。

 

更にその上で一位のチームを決め、一位となったチームの残りのメンバーは無条件で次のオーディションに進む15人のメンバーに選ばれる。

 

勝ち抜け出来なかった2位と3位のチームでその後もオーディションを続け、今度はダンスのチーム戦を行いここでも一時審査同様各チームの中からパフォーマンスが劣ると判断された二名が落選となる。

 

その上でチームとしての勝ち負けを決め、勝ちチームのこの時点での残りメンバーはオーディション通過となり、負けチームからは審査員によってパフォーマンスが劣ると判断された二名が選出される。

 

ここで選ばれた二名が最後にPK戦という事で残り一つとなった勝者の椅子を争う事になる。

 

俺以外の参加者19人は全て中国人。

 

 

唯一の外国人である俺は良くも悪くも目立つだろう。

 

しかも今回はチーム戦という事で必然的に周りとのコミュニケーションが不可欠だった。

 

勝ち進む為の新たな試練が訪れた。

 

 

 

95:再び慌ただしい日々に突入

 

敗者復活戦を勝ち抜くと翌日からは再びまた慌ただしい日々が待っていた。

 

翌日は朝から番宣(番組宣伝)の為の写真撮影や翌週のオーディションで流される事になるVTR撮影が待っていた。

 

加油!好男児は番宣や広告にも物凄い力を入れた化け物番組でテレビを東方衛視チャンネルに合わせると当時は加油!好男児の広告ばかりが流れていた。

 

街中にも番組の看板やチラシが溢れ、オーディション期間中は上海中のテレビ、ラジオ、雑誌、新聞、インターネットなど全てのメディアで加油!好男児の名前を見かけない方が難しいほど広告の露出が高かったのだ。

 

その露出の度合いは日本では例を見ない程突出したものだったし上海中が大人から子供まで加油!好男児で一色だったといっても過言ではない。

 

俺が参加した07年度は06年度に続いて第二回開催だったから番組の認知度は非常に高かったし当然注目度も高かった。

 

そうした状況下でオーディションは更に加熱していく事になるのだ。

 

写真撮影やVTR撮影時はどの出演者もスターになりきって自己アピールをしていたし、日本人に比べると自己主張が強く他人への遠慮も少なめな中国人出演者たちの前へ前へ出ようとする気迫は並々ならぬものがあり俺は完全に気圧されてしまっていた。

 

俺以外の参加者はみんな年も若く20代前後ばかり。

 

当然若さという怖いもの知らずの勢いもあった。

 

「このオーディションで言葉では完全にハンディを背負った俺が勝ち抜いていくのは本当に至難の業だぞ…。」

 

 

せっかく敗者復活戦で本戦への参加資格を取り戻した俺に待っていたのはゆっくり対策を練ったり気持ちを切り替える時間とは無縁な慌ただしい生活。

 

そして孤独と戦い精神力と集中力を切らさない日々へのチャレンジだった。

 

 

前の記事

上海で始まった新たな挑戦!

次の記事

上海のオーディションで味わった様々な苦悩