61:桜咲くまでオーデション通過

 

昼ドラ「桜咲くまで」のオーディションから数日後。

 

所属事務所から一本の電話が入った。

 

「オーディション合格したよ。おめでとう!」

 

この知らせは俺を心から喜ばる。

 

内心凄く焦っていたからだ。

 

 

台湾の仕事で決して悪くない結果を出しながら確固たる決意で帰って来たはずの日本。

 

そこまでして帰国した日本でしばらく仕事がないという現実は次第に俺を精神面で追い詰め始めていた。

 

しかもオーディションに受かった経験がほとんどなかった俺は若干弱腰だったしオーディションの結果が出るのが少し怖くもあった。

 

だからこそオーディション合格の知らせを受けた時は本当に心から嬉しかったのだ。

 

しかも俺が受かった役柄は家族を題材にした物語の一家の長男役。

 

準主役クラスの役柄を手に入れられたという事は必然的に露出出来る機会が増える事を意味するし、様々な意味で次のステップへのチャンスを生みやすいわけだ。

 

少なくても全45話あるドラマを撮っている期間は他の仕事の心配もせず目の前の芝居にだけ没頭出来る。

 

大金こそ入らないものの残金僅かになり出していた貯金の心配も一先ずはクリア出来たしあらゆる心配はこの時点で一旦払拭された。

 

さあ、後は気持ちを引き締めて本番に臨むだけだ。

 

台湾から帰国後数ヶ月。

 

俺はこうしてようやく次のステップへと足を進める事が出来たのだ。

 

 

 

62:衣装合わせで沢尻エリカちゃんと初対面

 

昼ドラ「桜咲くまで」のオーディション通過後しばらくして衣装のフィッティングが行われた。

 

この時に初めてドラマのスタッフさん達と顔合わせをする事になった。

 

俺が衣装部屋に到着すると俺の前に他の役者さんがフィッティングをしていた。

 

可愛らしい女の子だなとは思ったもののこの時点では彼女が何という役者さんで何の役柄を演じる女性か分かっていなかった。

 

彼女がフィッティングを終えるとスタッフさんがみんなの前で俺と彼女を招待してくれる。

 

俺の妹役を演じる事になるこの女性が将来誰もが知る事になる女優の沢尻エリカちゃんだとは当時の俺は知る由もなかった。

 

彼女にとって本格的なドラマ出演はこの作品が初めてだったという事でまだ当時は今ほどの知名度はなかった彼女。

 

小顔で整った顔は非常にインパクトがあったしまだ17歳だったにも関わらずある種のオーラというか雰囲気を纏っているのはこの瞬間だけでも感じる事が出来た。

 

それだけでも何だか凄いドラマになっていくような感覚を持てたしこの日から更に撮影が始まっていく事への期待値は俺の中で高まっていく。

 

そしてフィッティングから更に数日後、今度はキャストとスタッフの初顔合わせが行われここでは主演の市毛良枝さんや渡辺裕之さんとの出会いも待っていた。

 

これだけのキャストに囲まれてまた芝居の世界に身を投じる事が出来る。

台湾への活動なども含め、俺にとってしばらく遠ざかっていた芝居の世界。

 

時間がかかったが俺はこうしてようやくまた芝居をする事が出来る環境に戻ってきたのだ。

 

 

63:桜咲くまでクランクイン

 

ついに昼ドラ「桜咲くまで」の撮影がクランクインする。

 

俺にとって1番最初のシーンは俺の演じる役柄がホストクラブで働いている場面からのスタートだった。

 

東大を卒業後、引きこもりの生活を経て家族ともほとんどコミュニケーションを取らなくなり、その後引きこもりから解放された途端にホストクラブで働き出すというバックボーンを持った役柄だった。

 

撮影初日だという事もあって若干硬かったし色んな意味で手探りのような感覚の中撮影はスタートする。

 

ロケ後半では沢尻エリカちゃんと初めて芝居で共演するシーンもあったが彼女の堂々とした演技に比べ、俺はプレッシャーや現場の空気に呑まれてしまい反省ばかりが残る芝居内容となってしまった。

 

そうしてスタッフともキャスト陣ともコミュニケーションがまだまだ取れていない中での撮影は俺にとって終始ガチガチの中で終わってしまった気がする。

 

 

台湾でCDを出しそれなりの結果を出した事で少なからず自分に自信をつけたつもりでいた俺はこの日の撮影を終えると台湾へ渡る前の売れていなかった役者時代からさほど成長していない自分を自覚させられる事になる。

 

撮影はまだ始まったばかりだし時間的には余裕がある。

 

でもこの調子で撮影を繰り返したら俺はまた過去と同じ過ちを繰り返すだけだ。

 

初日を終えて俺の気持ちに残ったのは撮影現場のプレッシャーから解放された安堵感ではなく、翌日以降への焦りと不安だった。

 

 

64:家族勢揃いの初シーン

 

「桜咲くまで」は家庭崩壊している一つの家族にフォーカスを当てた状態から物語がスタートする。

 

家族構成は母役に市毛良枝さん。長男に俺。長女に沢尻エリカちゃん。
そして離婚してすでに別居している父役に渡辺裕之さんという家族構成。

 

撮影序盤は家族それぞれバラバラになって撮るシーンが多かったが物語が進むにつれ家族間の交流や葛藤を描くシーンが増えていく。

 

そうしてクランクインからある程度日数が過ぎた頃初めて家族全員が揃っての撮影が用意されていた。

 

市毛さんや沢尻エリカちゃんとは何度かすでに一緒に芝居を交わすシーンを経験していたが渡辺さんとはこの時が初めてのお芝居。

 

とにかく緊張したし渡辺さんの貫禄に少したじろぎながらあの日の撮影を終えたように思う。

 

台本上でも物語序盤は家族の不協和音を描くシーンが多かったし、そういった意味でも初めての家族勢揃いの撮影が初めて行われたあの日はまだ俺自身が家族役のキャストの皆さんと距離を感じながら芝居をしていたように思う。

 

何より久々の芝居の現場に戻ったばかりの俺は芝居からあまりに遠ざかっていた事や、日頃その為のトレーニングを怠っていた事もあって芝居勘を今ひとつ取り戻せないで当時の撮影を消化してしまっていたように思う。

 

後になって振り返るとこの序盤のつまづきがこのドラマを撮り終えた後の結果に大きく起因したのだと思う。

 

結論から言ってしまうと俺は桜咲くまでを撮り終えても成功する事が出来なかったのだ。

 

 

65:人生の先輩達から感じ取り受け継いだもの

 

昼ドラ「桜咲くまで」は撮影が進むにつれスタッフ、キャスト陣共に目に見えて結束力が上がり作品のクオリティーを高めていった。

 

俺も次第に現場にいるのが楽しくなっていったし自分の芝居が日に日に良くなっていくのを実感出来た。

 

ただそうは言ってもそれはあくまで自己満足のレベルであって決して俺の演技力が飛躍的に向上して誰にも認められるような技量を身につけたか?というような話ではなかった。

 

それは自分自身が一番良く理解していたし、だからこそ成長過程にあった当時の自分を少しでも長く撮影現場に留めておきたいという気持ちが強くなっていく。

 

桜咲くまでの現場では今までのどのドラマの撮影現場よりも確実に自分自身の成長を自覚出来た。

 

芝居の中には現場でだからこそ学べる要素もあり、しかも市毛さんや渡辺さんのようなベテランの先輩達に囲まれて芝居をする事が出来る贅沢な環境は自分の成長を感じ取る事が出来る多感な時期には特に貴重に思えた。

 

更に芝居以外の時間でも市毛さんや渡辺さんからは人間性や人生の先輩としての偉大さを感じる事が多かった。

 

例えばお二人はどんなに撮影現場が長かったり時には寒いロケ現場での過酷な状況であっても疲れを見せず周りのスタッフを気遣かったりみんなを盛り上げたりという気配りを自然に行っていたように思う。

 

以前教習所物語の撮影時に武田鉄也さんや水前寺清子さんが役者陣やスタッフを連れ食事に連れていってくれたように、市毛さんや渡辺さんもよく昼食を一緒に誘ってくれたり俺や新人だった沢尻エリカちゃんにも気配りをしてくれた。

 

長い間一流であり続けられる方々というのは不思議と皆さんこういった周りの方々を大事に出来たり、その場の空気や雰囲気を演出する能力に長けているし、何よりその人自身から滲み出てくる人間性や人間力ともいうべきその人の魅力が一般の方々に比べ溢れている気がする。

 

俺が売れない役者を10年以上も繰り返した中でお金では買えない本当に貴重な体験が出来たと心から思えるのは武田さんや水前寺さん、渡辺さんや市毛さん達のような一流の方々の生き様や姿勢を直にその人達の一端に触れながら過ごす事が出来た点だろう。

 

苦労は買ってでもしろというような言葉がある。

 

当時の俺が苦労していたかどうかは別としても、20代の頃俺は少なくても満足なお金に包まれて過ごした経験が一度もない。

 

ただ俺が20代の頃に過ごす事が出来た全ての経験やその中で触れ合う事が出来た素晴らしい人生の先輩達との出会いはきっとどんな大金を手に入れるよりも貴重な出来事だったのだろう。

 

あの人達のような人間になりたい。

 

それが今でも俺の根底で生き続ける強い願いなのだ。

 

 

 

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