66:桜咲くまでクランクアップ

 

昼ドラ「桜咲くまで」の撮影は約4ヶ月間かかった。

 

その間毎日俺は仕事が常に目の前にある現実や撮影現場で刺激し合えるスタッフやキャストの皆さんと一緒に過ごせる事に充実感を感じていたし、日々成長を感じる事の出来る自分にも心のゆとりを覚えていた。

 

だから撮影終盤に差し掛かるまでは目の前の芝居の事だけに集中して没頭出来たし雑念はなかった。

 

だが撮影が終盤に差し掛かりだすと次第に気持ちの中に焦りや雑念が過ぎるようになり始める。

 

以前レギュラーで出演した女医や教習所物語のクランクアップを迎えた時と同じ境遇に立っている自分を嫌でも意識したからだ。

 

ドラマにレギュラーとして出演しながらもそのチャンスを次の仕事に繋げられず売れない役者を長年続けてきた。

 

「もしかしたら今回もまた同じ道を歩かないといけないかもしれない…。」

 

そんな不安が焦りとなって日に日に強くなっていく。

 

事実撮影終盤に差し掛かっても次の仕事の予定の目処は全く立っていなかった。

 

 

もう二度と過去の繰り返しは嫌だったしもし撮影を終了した後、以前と同じようにまた仕事のない日々が続く事があるのだとしたら俺は一体どうするのだろう?

 

当時26歳。

過去に何度となく頭をかすめてきた芸能界から身を引くというイメージ。

 

その考えがこの頃から更に色濃く深くなっていく。

そうして俺は結局次の仕事の目処がつかないまま昼ドラ「桜咲くまで」をクランクアップしたのだ。

 

 

67:彼女からの突然のサヨナラ

 

昼ドラを撮り終えると再び俺に待っていたのは仕事のない日々。

 

そして次はいつ仕事のチャンスを掴む事が出来るのだろうか?という不安を抱えた毎日だった。

 

仮に次の仕事のチャンスを掴んだとしてもその仕事を終えた時、断続的に更に次の仕事をこなせる仕組みやチャンスも広げなければならなかった。

 

だが当時の俺にはどうすればそういったチャンスが広げられるかが全く分からなかったし、ドラマのレギュラー出演を何度となくこなしてきたのにその度に撮影直後は次の仕事を手にする事なく過ごしてきた苦い経験があった。

 

この負の連鎖が癖になりかけてしまっていたし、次もどうせ駄目かもしれないというネガティブな思想に追い込んでいたように思う。

 

それにこのネガティブな思想は年を重ねる毎により強く深いものへと変わっていった。

 

 

人生や将来への不安や焦りも以前より更に強いものになっていったし、自分を取り巻く環境さえも自分の意識とは掛け離れたところで次第に変化している事に気付いたのだ。

 

周りの友人の中には結婚して家庭を築いたり車やマイホームを買って順調に人生設計を育んでいる者も現れ始めていた。

 

同業で頑張ってきた役者やミュージシャン志望の仲間の中には次第に夢を諦めて就職したり違う道を歩く人間も増えていった。

 

「俺はこの地に足がつかないようなフラフラした生活をあと一体どれぐらい続けるのだろう?」

 

その先に果たして成功が待っているのかどうかなんて全く保証もない。

いや…。

 

 

むしろ成功する確率の方がうんと少ない事は今までの人生経験からもリアルに感じ取っていた。

 

あの頃の今すぐにでも途切れてしまいそうな弱く脆い精神の糸を何とか繋ぎ止めていたものは諦めたくないという意地だけだった。

そしてそんな俺をいつも側で支えてくれた当時の彼女の存在も本当に大きかった。

 

だがその彼女にとってもあの頃の俺は負担だったのだろう。

 

二年間連れ添った彼女からある日突然のサヨナラを告げられる。

 

 

 

68:絶望と喪失

 

昼ドラの撮影を終えしばらくした頃、当時付き合っていた彼女から突然の別れを告げられた。

 

台湾でのアーティスト活動をしていた時期もお互い遠距離恋愛を経験しながらそれでも二年間上手く付き合ってきた彼女からのある日突然の別れだった。

 

俺にとっては本当に素敵過ぎる出来すぎた彼女だったし彼女に対して一度の不満さえ感じた事のない魅力的な彼女だった。

 

だから心から信頼もしていたしその分依存度も高かった。

 

 

お互い小さな喧嘩をする事はあってもいつも話し合えば最後は分かり合いながらやり過ごしてきた。

 

でもあの時は違った。

 

特に喧嘩をしたわけでもなければ言い争ったわけでもない。

でも彼女は突然俺に別れ話を持ち出してきたのだ。

 

当時の俺は彼女が何故そんな事を急に言い出したのか理解さえ出来なかったし彼女の主張を必死で否定した。

 

でも彼女は確固たる決意で俺と別れる事を選択したのだ。

 

 

「何故上手くいっているはずなのに別れ話を持ち出すのだ?」

俺には本当に理解出来なかった。

 

 

でも彼女にとってあの頃の俺は夢も現実も行動もない平凡以下な男に映っていたのだろう。

 

事実あの頃の俺は未来や将来にビクビク怯えながらもそれに対して立ち向かったり何かを具体的に努力したりする姿勢は一切なかったし毎日を惰性の中やり過ごすように生きていた。

 

彼女にとって全く魅力的な彼氏ではなかったんだろう…。

 

人生で最愛だった彼女はそうして嵐のように俺の前から消え去ってしまった。

 

彼女に会いたい一心で台湾から帰国したはずの日本。

 

その日本でまさか仕事よりも優先したつもりでいた彼女から別れを切り出されるという結末は本当に予想だにしない出来事だった。

 

俺はこうして自分が選択した道の上で仕事も未来も最愛だった女性さえも失う結果を招いたのだ。

 

 

 

69:バイト生活のスタート

 

台湾でCDアルバムをリリースし半ば成功に半歩足を踏み入れた時期もあった。

 

だがホームシックと当時付き合っていた彼女へ会いたいという思いに打ち勝てず目先の幸せを優先した俺が選んだ日本へ帰国するという道。

 

その後しばらく仕事に恵まれない状態を続けた中やっとの思いで果たした昼ドラへのレギュラー出演。

 

でも昼ドラを撮り終えた後に俺を待ち受けていたのは相変わらず仕事のない売れない役者という昔と変わらぬ俺と精神的支えだった最愛の彼女からの離別だった。

 

俺はあっという間に仕事も恋も夢を見るという気力さえも失ってしまったのだ。

 

 

そうして失意の中、何をするにも気力が湧かず彼女への未練を引きずったまま長い時間を過ごしていく事になる。

 

別れた彼女は俺にとって本当に特別な存在だったからそれを失った意味は自分が想像していた以上に辛かったし深い傷となって長い間消える事はなかった。

 

長い間誰とも恋愛をする気持ちになれなかったし諦めようと何度もトライしてみても他の誰かをどうしても好きになれなかった。

 

あの頃の俺は完全に自分に自信を失っていたし考え方もネガティブになりがちだった。

 

仕事も恋も何一つ上手くいかず未来に希望も夢も見る事が出来なかった。

 

そうやって自分がこの先どうやって生きていくかという目標すら持てず俺は怠惰で惰性的な生活を繰り返した。

彼女との別れから半年が過ぎた頃から貯蓄も底をつき始め俺はようやく次の一歩を踏み出す事を決意した。

 

 

格好悪くてもいいからバイトをしてみよう。

 

社会勉強をしながらお金も貯めて新しい人生をやり直してみよう!

 

 

 

70:派遣会社に登録

 

貯蓄も残り僅かとなって半ば追い詰められるような状態になって俺はようやく重たい腰を上げてアルバイトをする事を決意する。

 

過去にもラーメン屋や引っ越しをはじめ、パン工場でパンの仕分けをやったり各種日雇いのバイトなども経験していた俺だったが、台湾でのアーティスト活動や昼ドラへのレギュラー出演を経た後は売れてもいないくせに変につまらないプライドを大事にしてアルバイトをする事に当時は抵抗が強かった。

 

だからプラス思考に考えてバイトはお金儲けの為だけじゃなく社会勉強や芸の肥やしにもなるなんて考え方はまるっきり頭を過ぎらなかった。

 

むしろ生活の為だからと嫌々スタートさせる事になったのがアルバイトだったからお金の割りが高いかどうかというポイントだけを重視して俺はバイトを決めたのだ。

 

選んだのは派遣会社に登録し、携帯電話を売る仕事だった。

 

 

派遣会社なら仮に芸能の仕事が急に決まった場合でもシフトの融通がききやすいだろうと考えたし、仮にいつかバイトを辞める時が来たって登録制ならばあえて辞める相談を相手にする必要もなければ自分の都合で現場に復帰したい時は簡単に戻れるだろうと考えたのだ。

 

まあ、こんな考え方からも分かる通り当時の俺は完全に自分本位な理屈で生きていたように思う。

良いか悪いかは別としてあの頃の俺は何かを考えたり何か行動を起こす事も全てが目先の現実にばかり焦点を合わせて生きていたのだ。

 

その成れの果てが当時の自分の置かれた状況や環境を作って駄目な自分を作り出していたなどと顧みる事もなかったし。

 

現実として俺が過ごしたあの時期に残ったのは俺自身がフォーカスした「目先の現実を近未来に生み出しながら生きる」という結果だった。

 

当然そこに大きな成功や夢は待っていなかったし現実に起こり得た事と言えば全て俺が想定しながら生きた「目先の現実」。

 

ただそんな俺でもバイトの現場に出て実際お客さんや派遣された先で働くスタッフの方々と交わるうちに段々生活が楽しくなっていくのだ。

 

 

「一生懸命働く事ってこんなに気持ちがいいんだ」

 

 

芸能の仕事以外で俺は初めて働く事への喜びを知る。

 

生きていく事に光が射してきたようなそんな感覚を少しだけだが俺は感じ始めていた。

 

 

 

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