日中友愛エンタメ大使(自称)の小松拓也です。

 

実は先日、日本に2013年に帰国して以来、約4年間お世話になりました芸能プロダクションのスカイコーポレーションを円満退社させて頂きました。

 

今後はフリーランスとして芸能活動を行っていくことになりましたのでご報告させてください。

 

なぜ僕が今回、後ろ盾となるスカイコーポレーションを離れることを決意したのか?

その決断に至るまでは様々な葛藤がありました。

 

それでも40歳を迎えて今後の残りの人生を真剣に考えた時、

 

 

「自分が掲げる夢を叶える為には今のままの生き方や環境では、夢は夢のままで終わってしまう!」

そう考えました。

だから、僕は退路を絶って自分から厳しい道を歩いていくと決めました。

スカイコーポレーションの本間社長は17歳だった頃の僕を芸能の世界へ導いてくれた、僕にとって芸能界の母親のような存在だし

 

名前までもが他界した僕の母親と全く同じであったり、他界した母親が生前一生懸命勉強を重ねていた「中国語」を勉強するという人生の選択肢へと僕を導いてくれた方です。

 

本間社長がいなかったらもしかしたら僕は中国と全く関わりのない、今とは全く違う人生を歩んでいたかもしれません。

 

スカイコーポレーションに入り、当時普通の高校生でしかなかった僕がスカイコーポレーション所属タレントだったビビアン・スーに出会い、それまで華やかだけど遠い異国の世界だった芸能界や芸能人を間近に感じることが出来たあの日の感動を今、懐かしさ混じりに回顧しています。

(ビビアン・スーに初めて会った時は緊張のあまり震えていた若かりし日の自分が懐かしいですね。笑)

 

 

そんな芸能界や中国、中華圏との繋がりを築いてくれたスカイコーポレーションや本間社長の元を20代半ばだった頃の僕は環境を変えたかった一心で一度退社しています。

その後、台湾や上海での芸能活動や生活を10年ほど隔てたある日の僕に

 

FBで本間社長は突然連絡をして下さり、その連絡がきっかけで一度は離れたスカイコーポレーションと再び接点を頂くことになりました。

以前、自分の都合で退社したという後ろめたさが残っていた僕は、きっとあの日、本間社長から連絡を頂けなかったなら自分から社長に連絡を入れることが出来なかったと思います。

 

かつての僕の身勝手な行動など意にも介さない本間社長の懐の深さに心底感謝を感じたことを今でもよく覚えています。

しかもあの頃の僕は、尖閣諸島国有化に伴う日本と中国との関係悪化の影響で、6年間順風満帆に送っていた中国での芸能活動が全く行えなくなってしまう環境下にありました。

 

政治問題の煽りを受ける形で全ての仕事やその環境さえも失ってしまうという、全く想定もしていなかった状況に追い込まれ、途方に暮れる形で帰国を余儀なくされた日本において

 

長年離れていたことで、日本での実績もなければ、日本での業界の人脈も乏しい立場にあった30半ばだった僕は、再出発を図るために探していた芸能プロダクションさえ見つけられず、希望も生きる気力も見出せず自殺すら頭をかすめていたんです。

 

面接や書類に落ち続け、自信をどんどんと失い、激しい自己否定をされているような感覚に陥り

 

自分は誰にも必要とされていないんじゃないだろうか?

 

これ以上落ち続けて傷つきボロボロになっていくぐらいならもう悪あがきをするのを辞めて人生を終わらせてしまおう…。

そんなことを毎晩のように考えていました。

 

 

勘違いをしていたわけでは決してないですが、上海時代は道を歩いていても誰かに声をかけられたりサインを求められる環境下が普通の状態になっていたから、日本に帰国をしてからの誰にも相手にしてもらえない当時の状況はなおさらそのギャップの分辛かったんです…。

そんな時、中国人留学生が自身の命も顧みずに日本人の少年の命を救ったニュースを知りました。

 

当時は毎日のように中国のネガティブなニュースばかりをメディアが報じていた日中関係が最悪な状況下です。

政治と民間は別物!目の前の命を救うのに国籍なんか関係ない!

そう訴えかけられたような強い衝動に駆られたし、中国人留学生の勇気ある行動に涙するほど感動しました。

 

下手をしたら自分の命さえも危険な、相当勇気が必要な行動は日本人同士でだってそうそう取れるものじゃない。

そんな勇気と行動を示してくれた中国人留学生だって存在するのに、今の俺はいったい何をやっているのだろう…。

 

自殺なんてバカなことを考えるぐらいなら恥も小さなプライドも全て捨てて、死ぬ覚悟を持ってもう一回人生を今日からやり直そう!

 

中国人留学生による日本男児救出のニュースは、人生に絶望していた僕の心さえも救ってくれたのです。

 

その際に思い出したのが、本間社長が僕に残してくれた「またいつでも会社に遊びにおいでね。」というFBでのやり取りだったんです。

 

結局、その時に入れた連絡がきっかけで僕は再びスカイコーポレーションに所属させてもらうことが叶い、長らく再始動が叶わずにいた日本での芸能活動を再開していく環境を与えてもらったのです。

 

 

その時の深い喜びや感謝はこの先も死ぬまで忘れないことでしょう。

 

死ぬ覚悟を持ってもう一度やり直そうと心に決めていたとは言え、自信を完全に喪失し、精神的にもまだまだかなり不安定な時期だったから、もし最後の勇気を振り絞る形で連絡を取ってみた本間社長にまで見離されていたなら、僕はもしかしたら死を選んでしまっていたかもしれません。

だがらこそ、日本での二度目のスカイコーポレーションに在籍しながらの毎日は決して順風満帆だったとは言えないけれど、いつだって感謝に溢れていたし、常にトライする気持ちで臨んでいました。

 

そしていつも、自分がスカイコーポレーションで結果を出すことで、本間社長の大恩に報いていきたいと考えて生きて来ました。

 

でも、スカイコーポレーションという会社の得意としている販路と、僕が能力を活かしやすい地盤は恐らく掛け離れているのだろうなと長い間ずっと悩んで来たのも事実です。

 

一度ならず、二度までも自分の身を引き取ってくれた恩義に加え、人生に絶望していた僕にチャンスを与えてくれた感謝に再び背くわけにはいかない!

 

埋まらない現実と理想のギャップが続く中で長い間、そのギャップを埋める方法をずっと模索して来たのです。

 

 

そして、僕はついに40歳となってしまいました。

母親が交通事故で他界したのが39歳だったので、子供の頃から僕にとって39歳という年齢は非常に特別な年齢であり、ついには母親が人生を過ごした時間を僕は超えてしまったのです。

 

しかも世間から見たら、売れてもいない地に足もつかずにフラフラしているような芸能活動を続けながらです。

 

 

本気で変わりたい…

いや、変わらなくちゃ!

 

 

 

その葛藤と決意の果てに、大恩ある後ろ盾であったスカイコーポレーションと本間社長の元を離れる決断をし

本間社長にも温かく送り出して頂く流れとなったのです。

 

正直、寂しさもあるし不安だってないわけじゃない。

 

 

フリーになるぐらいなら在籍させてもらい続けた方がいいのではないか?そう思う方だっているかもしれません。

でも、退路を断ち、その上で新たな挑戦を始める環境に身を置かなければこの先僕は永遠に変われないと思いました。

 

だから自分で選んだ人生を後悔せずに前を向いていくつもりだし、僕が今後の人生で成功していくことで、以前考えていたような形とは全く違う形の恩返しを必ず果たしたいと今は考えています。

 

スカイコーポレーションと本間社長には本当に感謝が溢れているし、この感謝を忘れずにこの先も生きていきます。

 

そんなスカイコーポレーションを離れてまで僕が叶えたい夢

 

それはアジアを長年牽引している韓流ブームによるエンタメ産業の発展を僕ら日本人が目撃、体験してきたように

 

 

 

「中国で日流ブームを作りたい!」ということです。

 

 

 

 

映画やドラマ、音楽やコンサート、旅行やグッズ販売に至るまで、韓流ブームに乗って韓国のあらゆる分野の経済が巨大産業と化したのは言うまでもありません。

 

僕は、自分が得意としえる「中国」という地盤をさらに強化していくことで、日中エンタメ界のパイオニアになっていこうと真剣に考えています。

 

その過程での一つの目標が、自分が壮大な夢を叶える為に必要な影響力を持つ為にも、「中国で1番有名な日本人俳優になる」ことです。

 

そして、僕が自分の夢を叶えて形に変えていくことが出来れば沢山の人に幸せをお裾分け出来るのだと思います。

 

「冬のソナタ」が大ヒットし、ヨン様が日本を席巻し、ヨン様を追いかけて韓国旅行をする日本人女性が多数現れ、旅行だけでなく韓国現地で食事や買い物などに消費するなど、僕らが目の当たりにして来た現象をモデルにしながら日流ブームを起こし、日本に活力を取り戻すんです。

 

 

当然中国側にとっても彼らへのメリットをどのように我々が生み出し、価値や対価として感じ取ってもらえるかという考え方や取り組みが必要なので、そのためにも広く深い意味での日中友愛活動が必要となるんです。

 

 

その取り組みの一つのアプローチが僕にとっては過去3年間活動して来た日中友好の演劇プロジェクト「Team Moshimoshi」だと考えています。
(Team Moshimoshiの活動に関してご興味のある方は是非過去のブログから読んでみてください。)

 

 

そして、「冬のソナタ」がその後の東方神起や少女時代、BIGBANGなど数多くの韓流スターを生み出したように

中国やアジアでも活動を広げていける日本人スターを今後生み出せるよう、僕はそのきっかけを作っていきたい。

 

日中間に僕が思い描いている壮大なエンタメの橋を架けるには、当たり前ですが僕1人の微力な力では到底叶えられません。

 

沢山の人の支えや応援がなければ到底成せない夢です。

僕が出来るのは、勇気を振り絞って先陣を切り、周りの方々に応援を呼び掛け続けながら少しずつ橋の幅を広げていく努力と、

僕が先を歩くことで、この道は安心して渡れるのだと後輩の皆さんに行動で示すことなのだと思います。

 

 

スカイコーポレーション退社のご報告に合わせ、そこに至るまでの経緯や考え、

 

そして今後の決意をこの場を借りて発表させてください。

 

今日からが僕の新たな挑戦です。

 

 

バカなこと言ってるな、こいつってきっと沢山の人が思うでしょう。

夢物語語ってんじゃねー!って笑う人もいるかもしれません。

でも、それでも僕は挑戦します。

 

いつか、この始まりの日のブログを読み返し、あの頃のお前は正しかったって言えるよう

もう「出来ないこと」や「叶わないこと」に言い訳をせずに、強い意志と信念を武器に歩いていきます。

 

 

 

その原動力は、全てが感謝なんです。