121:人の為にという思いから生まれた力

 

敗者復活戦も残すは最終審査を残すだけとなってしまった。

 

俺はまだ勝ち残りを決められずに完全に追い詰められた状態にあった。

 

だがあの日の俺にはそれまでの過去のオーディションとは違い、どうしても負けられない理由があった。

 

俺を敗者復活戦まで導いてもう一度オーディションのステージに立たせてくれたファン達の為にも俺はその覚悟や姿勢を最後まで貫かなければならなかった。

 

それだけに追い詰められたあの状況で会場の一部を陣取った俺のファン達や父、妹が見守る応援席を見ると不思議と力が湧いた。

 

「まだまだいける!」

 

 

最終審査はまたしても1対1の歌のパフォーマンス合戦。

 

会場にいるミュージシャンがキーボードを使って簡単にナビゲーションになる音をくれるのでそれに合わせて歌うというスタイルで勝ち負けを争う。

 

この時俺の対戦相手となったのはこの時点でオーディションに勝ち残っていた選手の中では俺以外に唯一の外国人だったアメリカ人選手。

 

オーディションがこの段階に至るまでには韓国人やスウェーデン人など他にも外国人が多く参加していたオーディションだったわけだが、俺とこのアメリカ人はその中でも最後まで勝ち残る事の出来た外国人同士であった。

 

そしてこの対戦は番組開始以来初めてとなる外国人同士の直接対決でもあった。

 

そういった意味では一体敗者復活戦を勝ち抜き、外国人としてどちらが最後までオーディションを勝ち進む事が出来るのか?注目のカードだったに違いない。

 

ざわめく会場の中、先に歌を歌ったのはアメリカ人選手の方。

 

彼は得意の英語曲のバラードで勝負にくる。

 

歌い終えると大きな拍手と歓声が会場から沸き起こった。

 

でもそんな状況下でも俺は不思議と緊張など感じず、かえって早く自分に歌わせろという感覚で自分の出番を待っていた。

 

そうした中俺はロックナンバーのアップテンポの歌を選んで歌い出す。

 

今までは番組側から予め指定されたしっとりとしたバラードしか歌ってこなかった経緯があったから正直自分の好きな歌を歌えない鬱憤もずっと溜まっていた。

 

それに時には速い歌も歌いたかったのにそのチャンスにずっと巡り合わせないでここまでオーディションをたどっていたから、この時はここぞとばかりにアップテンポの歌を選曲した。

 

テレビを見ている視聴者も会場のファンも俺がアップテンポで歌を歌う姿などほとんど見た事がなく新鮮だったのかもしれない。

 

最初は中国語で歌い出した歌を途中からは開き直って「とにかく最後かもしれないんだから好き勝手歌っちゃおう!」とテレビ局側からの制限も無視して後半は日本語で歌ってしまった。(基本的にオーディションでは日本語の歌を歌う事が許されていなかった。)

 

でもその弾け具合が会場の沢山の人達を巻き込んだようだ。

 

会場中が盛り上がり客席は総立ちとなり俺の歌に合わせてみんなが体を動かし始めたのだ。

 

会場中が一体となっていく感覚を味わいながら歌を歌い終える事になる。

 

直後発表された大型スクリーンの結果発表には俺の勝利が表示された。

 

俺は敗者復活戦を勝ち抜き、外国人としては最後まで残った一人として再びオーディション本戦に戻る事に成功したのだ。

 

 

 

 

122:待っていたのは…

 

加油!好男児トップ20に俺は入った。

 

あの日、敗者復活戦での勝ち残りを決め宿舎に戻った俺に待っていたのは安心して一息つくようなゆっくりとした時間などではなく、とんでもない試練だなと思わずにはいられない急な決定だった。

 

敗者復活戦を終えた翌日、トップ20に残った選手によるライブイベントを生放送にて行うという発表をされたのだ。

 

敗者復活戦であの日、本戦へ戻ったばかりの人間は当然皆面食らっただろう。

 

生放送で歌う曲は全てテレビ局側から指定されている。

 

俺にとっては当然初めて聞く中国語曲だったからメロディも詞も数時間以内にゼロから覚えて翌日には人前でパフォーマンスしなければならなかった。

 

敗者復活戦の生放送を終えた時間が夜の23時近くだったからこの事実を知ったのはもう日付けを新たな一日に跨ごうという頃合いだった。

 

翌日は朝からリハーサルが始まり夕方からは本番という流れで生放送はスタートする。

 

「一体このスケジュールのどこに歌を覚える時間があるというのだ…?」

 

敗者復活戦に参加をせずとも本戦に勝ち残りを決めていた選手達は今までもこのイベントの存在を知っていたわけだし、その為の十分な準備期間を与えられていたわけだから何も問題なく翌日のイベントに臨めただろう。

 

でも敗者復活戦の勝ち抜き組はこの事実を本戦復活を決めた直後に言い渡され、翌日自分がイベントで歌うべき歌を一方的に言い渡されたのだ。

 

当然これに対して満足な準備が出来た人間など誰もいないだろう。

 

「今日は寝ないで歌を覚えたとしてももうすでに本番には間に合わないかもしれない…」

 

連日の超ハードな日程で元々ほとんど睡眠時間などなかっただけではなく、オーディションを終えたばかりで極度のプレッシャーや精神状態から解放されたばかりの疲労困憊しきった俺にもうすぐ目の前に迫った新たな試練が訪れた。

 

でもこの決定事項には従うしかない。

 

非常に不本意ながらも俺は番組に参加を続ける以上、とにかくやれるところまでやるしか選択肢が残されていなかった。

 

限られた時間の中で俺は何度も繰り返し課題曲を聞き続けながら朝を迎えようとしていた。

 

 

 

123:成功の直後の失敗

 

敗者復活戦の翌日、全国大会トップ20に残った選手達による加油!好男児ライブイベントが全国生放送にて決行された。

 

その日は朝早くから番組全体の細かいリハーサルが行われ、オープニングやエンディングなど参加者全員での入退場練習などが入念に行われた。

 

俺は前日夜に与えられたばかりの課題曲をその時点でまだ覚えきれずにいた。

 

寝ないで音楽を聞き続けたお陰でメロディは大分頭に入っていたが中国語の歌詞がどうしても覚えきれずにいた。

 

リハーサルの最中も覚えきれていない自分の課題曲の事ばかりが気掛かりで目の前の事に集中出来ず、心ここにあらずという状態の中時間だけが過ぎていってしまった。

 

そうしてあっという間に本番が始まる時間がやってきてしまったのだ。

 

俺は最後まで歌詞を片手に歌を覚えようと試みたが結局自分の出番に間に合わせる事が出来なかった。

 

本番ではすっかり歌詞が飛んでしまい、歌の一部分を「ラララ」で歌ってしまう羽目になった。

 

歌詞もメロディも覚束なくただ口ずさむように歌った歌を中国全国のテレビ放送で歌ってしまった…。

 

前日は渾身のエネルギーで会場中を巻き込んでの歌を歌い上たばかりなのに一夜明けた俺に待っていたのは前日の自分とは遠く掛け離れた「形だけを取り繕った不本意で中途半端な自分」の姿だった。

 

番組上のルールとは言え、一般の視聴者はそんな状況や理由など知った事ではないだろう。

 

テレビで流れたあの俺の姿こそが唯一の真実なのだ…。

 

限られた時間と条件の中で精一杯はやった。

 

それだけは間違いのない事実。

 

でも俺に残ったのは深い後悔と今でも忘れる事のない情けなさと悔しさだった。

 

中途半端な状態で歌を歌ったあの時の経験や、その後オーディションを終えた後も中国で体験する事になっていく仕事上での様々な問題はやがて元々は歌が好きで好きで仕方なかった俺に歌う事自体をやめさせてしまうほど深い傷と消失感を与えていく事になる。

 

それはもうしばらく先の話であるが…。

 

 

124:ついにトップ10へ向けて

 

敗者復活戦、そしてその翌日に行われたライブイベントを終え、オーディションは再び本来のスタイルに姿を戻した。

 

翌週行われる事になるオーディション本戦に向けまた新たなレッスンの日々が始まった。

 

翌週のオーディションでは最大一人3曲を歌う事になるらしくその選曲を番組スタッフ陣と話し合う事から新たな日々はスタートした。

 

今までの経緯では自分の意見は言えても結果的にほとんどの場合が番組制作側から歌う歌を決められてオーディションに臨まなければならなかった。

 

だがあの時のオーディションでは初めて俺の意見を採用してくれ、自分の歌を歌う許可が得られた。

 

俺はついに自分が最も得意とする歌でオーディションに挑む権利を取得出来たのだ。

 

だがその事実は俺にある覚悟を決めさせる。

 

「恐らく次のオーディションが俺にとっての本当のゴールになるだろう…。」

 

今までどんなに主張しても歌う事を許されなかった自分の歌を歌う事が許されたという意味を俺は番組側からのせめてもの餞別だと受け止めたのだ。

 

それに外国人が中国のオーディション番組でトップ10以内に残る事は様々な意味合いからも不可能だろうと多くの人から言われていた。

 

中国のテレビ局は全て国営だし、そのテレビ局が主催する国民的オーディション番組で日本人が仮にトップ10に残ってしまえば良くも悪くも大ニュースだろう。

 

次のオーディションでは一気に20人から10人が落選し、いよいよトップ10が確定する。

 

普通に考えてもすでにかなりの佳境に立たされていたわけだ。

 

俺のあの時の勘が正解か間違っていたかは別として、俺は落選を覚悟しながら次のオーディションに臨む決意をした。

 

それは決してネガティブな気持ちからではなく、あくまでも前向きな気持ちでそう挑もうと自然に思えた考えだった。

 

元々あの時の俺があったのはファンのみんながもう一度俺をオーディションに呼び戻してくれたお陰だったからだし、あの時は俺にとって小松拓也個人のチャレンジはすでに終わっていた。

 

敗者復活戦以降、俺はあくまで俺を支えてくれるファン達の為にステージに立っていた。

 

だから最後になるであろうあの時のオーディションでも俺は勝ち負けをほとんど意識せず、自分を応援してくれるファンの為だけに歌を歌おうと思ったのだ。

 

何年も前に病院のベッドの上で絶望を感じながらも前向きに生きたいという願いを込めて書いた「不知道方向」という曲。

 

台湾でアーティストとして活動していた時期にCD化し、その後の人生でも自分を奮い立たせる意味でもライブなどでずっと歌い続けてきたこの曲をどうしても応援してくれたファン達に届けたい。

 

次のオーディションではいよいよそれが叶うのだ。

 

俺のモチベーションは最高潮に達していた。

 

 

 

 

125:10強への道の上で

 

開催から二ヶ月過ぎたオーディションもいよいよトップ10を決める段階に突入した。

 

今度のオーディションでは一気に20人残った選手の中から10人にまで削減される。

 

加油!好男児の各参加選手達はオーディションを行いながらも同時に様々なメディアへ露出を繰り返し、番宣を行ってきた言わばそれぞれがタレントのような存在。

 

当然トップ20に残ったメンツは皆非常に人気が高い選手ばかりだったし、その中の半分が一気に落選するというあの局面のオーディションは異様なほど盛り上がった。

 

一番最初の審査では20人それぞれが一曲ずつ歌を歌う事になる。

 

その中の4人が合格を果たし、合格出来なかった者は続いて二次審査に進まなければならなかった。

 

一時審査で合格を決められなかった俺は二次審査に進まなければならない一人となる。

 

続いての二次審査では一対一の歌合戦を行い勝ち残った者は次の審査に進み、負けた者はその場で即刻落選となる。

 

俺の対戦相手となったのは同じ上海地区代表の上海予選チャンピオンだった。

 

対戦相手が上海同地区の人間だと分かると少し複雑な気持ちになる。

 

オーディション期間中、他の地区の選手達よりも長い時間を共に過ごしてきた上海の出演者達とはこの時点である種の絆のようなものが生まれ始めていたし、あの時は少なくてもどちらか負けた選手が即落選しなければならないシチュエーションだったわけだ。

 

いっそ他の地区代表の人間と対戦になった方がよっぽど気が楽だったが、それでも無情に時間は過ぎていきステージには次のパフォーマンスで俺が弾き語りで歌うために運ばれてきたスタンドマイクが用意された。

 

「色々ゴチャゴチャ考えていても仕方がない!今やるべき事は自分の思いを次の曲に全てぶつける事だ。」

 

歌い出す前に軽く深呼吸を済ませるとファンの待つ応援席をじっと見つめた。

 

「きっとこれが今回のオーディションで俺にとって最後の1曲になるだろう。応援してくれたみんな、本当にありがとう。」

 

そう心の中で唱えた後、俺はゆっくりマイクに向かって歩き出す。

 

 

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