日中友愛エンタメ大使(自称)の小松拓也です。

横浜東ロータリークラブにて卓話をして来た際の内容を前回のブログに引き続きご紹介したいと思います。

 

台湾エンタメは東アジアのハブ的役割を果たしていた

僕が留学の為、最初に台湾を訪れたのが1996年。

当時は台湾のテレビをつけると驚くことに日本のバラエティ番組やドラマが日本語のまま複数の現地ケーブルテレビで北京語の字幕付きで放送されていました。
また、台湾や香港の歌手の多くが日本のアーティストの音楽をカバーして北京語で歌っていたのです。

当時はこんなにも多くの日本語曲が台湾のアーティストにカバーされているのか?と本当にビックリさせられたほどです。

台湾ローカルのテレビ番組の中には日本のバラエティ番組のセットやプログラムとほとんど変わらない内容で構成された番組が放送されているというケースも当時は決して珍しくありませんでした。

台湾のエンターテイメント業界にとって当時の日本のテレビ番組や音楽は良いお手本のようにされていたのです。

そういった状態でしたから日本の番組や日本のタレントは台湾で当時大人気でした。

チャゲ&飛鳥や酒井法子さんなどが中華圏で非常に人気があると言われていたのにはこういった背景があり、101回目のプロポーズや東京ラブストーリー、ちびまる子ちゃんやドラえもんなどといった日本のコンテンツに関してもそれは同様でした。

ですから一度も台湾を訪問したことがなく一切のプロモーションも全く行なったことのなかった日本のアーティストや俳優が初めて台湾を訪れたとしても空港に大勢の現地ファンが押し寄せるほどの熱狂的な歓迎を受ける光景を生むことは決して珍しくなかったのです。

日本のタレントやコンテンツに憧れを抱く人も少なくなかったし、若い世代の台湾人に親日の方が多い1つの理由に日本コンテンツの影響が与えた側面があると個人的には考えています。

 

コンテンツの普及は流行や文化にも波及効果を与える

こういった日本コンテンツの人気が台湾にもたらした影響の中にはファッションや流行なども含まれます。

日本でミニスカやルーズソックスが流行るとシーズンを隔てて台湾でもミニスカやルーズソックスが流行ったり、安室奈美恵さんなどのファッションスタイルを真似する台湾人が現れるなど、日本の文化や流行を後追いするような現象が度々台湾では起こりました。

台湾の女性アーティストやタレントの中には渋谷109などで大量の服を買って衣装に用いている方も実際に複数いたほどです。(僕が一緒に買い物に付き合ったモデルやタレントを数えるだけでも複数います。)

エンタメはファッションやグルメ、美容やスポーツ、旅行など、あらゆる産業との親和性が高く、ファッションリーダーとなる人気タレントのメイクやスタイルなどは度々お手本にされ、テレビのグルメ番組で紹介された飲食店が流行ることも珍しくなく、映画やドラマがきっかけで聖地巡礼といった旅行や観光を生み出すこともあります。

台湾ではエンタメを通して自然発生的に日本の文化や流行が伝染しやすい土壌が培われていた為、日本食や日本のファッション、日本旅行なども次々と人気コンテンツ化していきました。

 

台湾は中国語圏の音楽や流行の発信基地の役割を果たした

実はこういった現象が台湾を媒介する形で東アジアの各国に次々と伝染していった事実を多くの日本人は知りません。

アジア各国には多くの華人や華僑が住んでおり、香港やマレーシア、タイやシンガポール、インドネシアなどの中国語が活用されている地域では台湾人のアーティストが歌う北京語楽曲が昔から大人気なのです。

ですから台湾のアーティストは台湾でCDを発売すると中国本土を含む東アジアの各国を巡業して回るスタイルが当時は主流であり、東アジアの各国では台湾のアーティストが発信する音楽やファッションなどのトレンドが強い影響力を持っていたのです。

(写真は2003年に台湾で小松拓也がリリースした北京語アルバム。このアルバムを引き下げて僕も香港やシンガポールなどへも巡業しています。また、初めて訪問することになったシンガポールの空港では台湾でのデビューを聞きつけた多くの現地ファンが出待ちに訪れるという現象を体験しています。)

一方で台湾での成功がブランディングに繋がりやすかった中国本土の歌手やシンガポールやマレーシアなどのアーティストが台湾の芸能界に進出するケースも当時は珍しくありませんでした。
中国本土出身でアジアの歌姫と称されるフェイ・ウォンもその一人です。

こういった背景もあり、アジア各国にとって台湾は最も洗練された音楽発信の基地という位置付けにありました。

 

台湾が音楽の発信基地ならば香港は映画文化の発信基地であった

また、「音楽の台湾」に対してジャッキー・チェンなどの存在によって世界的に評価されることになった映画産業を抱える香港はアジアで最も格好いい映画の発信基地として東アジアの中での存在感を確立することになり、中国語圏域の俳優や歌手にとって台湾や香港を往来する一連のプロモーションがその他の地域のマーケット拡大やブランディング構築に大きな意味を持つ時期が長く続くことになります。

台湾でCDデビューし人気や話題を作り、その影響力を持って香港の映画に出演する!このような一連のプロモーションでアジア圏のスターになっていった人間は数知れません。

台湾や香港の芸能人が中国本土でも強い人気や影響力を誇る背景にはこのような理由があるのです。

 

また、上述したように東アジアのエンタメ業界で強い影響力を誇っていた台湾を発信基地に据えた各国のアーティストやメディアがお手本にしていたのは日本の芸能人やエンタメコンテンツであったこともあり、二次的波及効果によって東アジアの人々の中にも日本のエンタメ文化に興味や関心を持つ人が増えていきます。

日本の楽曲を台湾人や香港人アーティストが中国語でカバーし、その曲が東アジアでも流行るような現象が実際に起こっていたたわけです。

 

時代の変化と共に日本の芸能界がアジアで及ぼす影響は低下していった

そういった状況に少しずつ変化が現れ始めたと個人的に感じるようになったのが韓流ブームの頃からです。

日本では2003年に冬のソナタが大ヒットして以降、韓流ブームが到来しました。
様々な韓国ドラマや映画が日本でも見られるようになり、韓国の音楽も当たり前のように耳にするようになりましたし、大人気の韓国アーティストや俳優を日本で見かける機会も増えました。

また、聖地巡礼を目指して韓国旅行する日本人が増加したり、コスメやエステ、グルメなどの韓国産業に対して消費をする日本人も増え、ドラマや音楽といったコンテンツを通じて韓国産業は日本に大きな経済圏を作り上げたのです。

また、韓国は日本だけでなく中国や台湾、香港をはじめ、アジアの各国で韓流ブームを「エンタメ+韓国産業」というパッケージとして輸出し、ことごとく成果を挙げていくことになります。

日本で我々が目の当たりにして来た韓流ブームはアジアのあちこちで巻き起こったのです。

 

日本で韓国ドラマや映画が次々と流れ、韓国アーティストがコンサートやファンミーティングで次々に成功を収め、空港には大勢のファンが韓流スターの出待ちを行う現象が常態化しました。

一時期日本のテレビやCMには韓国アーティストを見ない日はないほどでしたし、韓国語を勉強し始める日本人が急増し、東京の新大久保界隈では韓流グッズや韓国コスメ、韓流スターゆかりの飲食店なども大流行し、まるでリトル韓国のような状態を生み出したほどです。

 

そういった状況がアジアのあちこちで起こっていたのです。

それは同時に日本のエンタメコンテンツの東アジアにおける優位性が次第に韓国コンテンツへと引き継がれていったことを意味します。

結果として日本の音楽や映画、ドラマは東アジアの中でかつてのシンボル性を低下させ、その主導権を韓国に取って代わられることになりました。
最盛期に比べると韓流人気には多少の衰えはあるものの、韓国エンタメが東アジアの中で最も大きな影響力を持ち続けているという実態は現在も何ら変わっていません。

日本でも最盛期ほどの韓流人気は現在ないものの、いまだにドームツアーを行う韓国アーティストが複数存在するほど韓国アーティストは人気がありますね?

 

日本人のアーティストでもドームツアーを行うことが出来るアーティストは限定的になることから考えても、その潜在性がいかに物凄いことかをご理解頂けると思います。

 

国策でエンタメを売り出した韓国と長い間エンタメコンテンツ輸出を手掛けてこなかった日本

韓国が国を挙げてエンタメ産業に投資し、人材やコンテンツを海外へ輸出している実態を知っている方は多いと思いますが、エンタメを皮切りにして観光やファッション、サムスンなどの電子機器など多岐にわたる韓国産業に大きな波及効果を生み出し続けている点はあまり着目している方が多くないように感じます。

例えば中国では2010年以降、韓流ブームが最盛期を迎え、一時期は中国のテレビなどのメディアに韓国人や韓国のコンテンツを見ないという日はないほどになりました。

 

それに平行するようにサムスンのスマートフォンが中国で大流行し、それまでは日本の化粧品メーカーに優勢であった美容やコスメ市場にも多くの韓国美容メーカーが頭角を現すことになります。

韓国旅行は中国人にとって最もポピュラーな海外旅行の渡航先となり、一時期は中国国内の韓国人美容師やスタイリスト、カメラマンなどの報酬が高騰するほど人気と需要を極めました。

 

中国で放送されるテレビ番組がいくつも韓国のバラエティ番組やドラマ番組の版権を購入されて国内向けに制作&放送されることになり、新たに始まる新番組の制作チームは韓国から迎え入れて制作されるような番組まで存在したほどです。

 

(2017年に韓国が防衛ミサイルのサードを配備した時期を起点に、中国国内の韓流ブームには翳りが見えるようになりましたが、現在でも一部の強烈な韓流ファンが存在するのも事実です。)

 

中国国内の韓流ブームが最盛期だった頃は日本の韓流ブームの比ではないほど凄まじい過熱と人気ぶりであったと個人的に感じています。

こういった韓流ブームは韓国が国策で切り開くことになった巨大な市場であり、新しい経済圏でした。

 

ですが、90年代〜2000年代前半が最盛期であった台湾を中心としたアジアにおける日本の芸能人や日本コンテンツ人気は我々日本人さえ知らないところで自然発生的に巻き起こっていた現象という点で韓国とはその中身に大きな違いがあると言えます。

インターネットで誰もが世界中の情報を当たり前のように知ることが出来るようになった現在とは異なり、当時は台湾などの地域で日本のコンテンツが実は人気があるという実態を知っている日本人さえほとんどいなかったのです。

 

また、以前は日本の経済力が東アジアの中でも突出していた状況もあり、東アジアへプロモーションを行う日本人アーティストやコンテンツも限定的であったし、むしろ製造メーカーなどの一部の業界を除く多くの日本人にとってアジアマーケットは無関心であったように感じます。

結果として多くのビジネスチャンスや勝機を逃して来たと言っても過言ではないでしょう。

 

韓国が韓流ブームを作る為に国が先導する形で様々な産業が協力し合う体制を築き、映画やドラマなどのコンテンツ及びそこから生まれるスターを輩出することに力を入れて世界へ輸出し、市場開拓やネットワーク構築に尽力した期間、日本はアジアからそのシェアを韓国に奪われ続けました。

韓国ドラマがある国で放映されると、ドラマに出演したアーティストがファンミーティングやコンサートを開催し、そのスポンサーになっているサムスンなどの韓国企業が新商品発表のイメージキャラクターに主演俳優を起用し、タイミングを合わせて商品発表会を開く。

 

韓国はこのように業界を超えてパッケージ化した韓国ブランドを各国に売り込み、日本をはじめとしたアジアでその存在感を定着させたのです。

 

台湾のエンタメ業界も進化をし始め、必ずしも日本を模倣しなくて良くなった

一方でかつては日本のコンテンツを模倣するようなスタイルが主流であった台湾のエンタメ業界も2000年代初頭からオリジナルコンテンツが次第に増加し、それに伴い日本コンテンツの影響力も変化していくことになります。

陶喆や周杰倫といった天才的な国民的シンガーソングライターが生まれ、流行は創作型のアーティストやコンテンツへと移行していったのです。

 

以前ならば日本で有名であったり、人気がある日本人タレントやコンテンツならばかなりの高確率で台湾でも人気があるのが常態化していましたが、台湾で創作型のアーティストが主流になり出した頃からは人気の在り方にも変化が生まれていったように思います。

それはインターネットの普及で情報や人々の趣味などが多様化した現在の日本の状況にも通じることですが、マス発信から生み出されるかつて主流であった流行や人気の在り方がニッチで集約された情報に価値観を感じる人が増えている点と同様だと考えます。

 

そういった時代の変化の中で韓国は情報を集約させた韓国ブランドの構築に韓流ブームという産業間の繋がりをパッケージ化した広告宣伝に成功し、韓流という文化とイメージを各国に浸透させているわけです。

 

次回のブログでは中国映画市場から読み解く今後の中国市場の動向についてお伝えしていきたいと思いますのでそちらも是非お楽しみに!

 

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