日中友愛エンタメ大使(自称)の小松拓也です。

 

 

昨日まで話して来た「お金」に関する様々な考え方。

 

今日は新たな視点でこれらの問題を考えていきたいと思います。

 

それが、「お金の勉強」に対してです。

 

 

皆さんはお金について勉強したことがありますか?

 

 

そもそも皆さんはお金のことってどこかで勉強したことありますか?

 

少なくとも学校では一切お金のことを勉強したことがありませんよね?

 

連立方程式やら微分積分やら実社会に出たならばきっと一部の専門職の方以外には全く生活や仕事の役に立たない勉強を僕らは学生時代して来たけれど、

 

生きる上で必須アイテムであるはずのお金のことに対しては全く学校で習ったことがありません。

 

少なくとも、連立方程式が大人になってめっちゃ役に立ってる〜!と感じて生きている人などほとんどいないと思います。

 

 

そうは言っても学校は確かに役立つ知識を僕らに一律で教えてくれたのも事実だし、その中には大人になり社会に出てから役立つ知識も少なくありません。

 

勉強だけでなく、学校生活や同級生、先輩、後輩や先生達との交流を通じて僕らは人間関係を構築する上で大切な要素や、その他、色々なタイプの人と付き合う中で多様性や柔軟性などの感覚も養って来たことと思います。

 

そういう意味で僕は学校というシステム自体はとても素晴らしいものだと思っています。

 

それでも

 

何故、ほとんどの人にとって連立方程式よりも生きる上でもっと大切で重要なお金の正しい使い方や運用の仕方、お金の貯め方やお金で身を滅ぼさない方法など、学校は教えてくれなかったのだろう?

 

活きる上で連立方程式よりも優先的に本来学ばなければいけない「生きる」という知恵

 

僕はよくそう疑問に思っていました。

 

皆さんはそんなことを漠然と考えたことはありませんか?

 

 

少なくとも僕は学生の頃、

 

「俺はいったい何の為に勉強しているのだろう?」

 

と幾度となく疑問に思ったものです。

 

 

 

子供の頃、その質問を親や先生にすると皆が一様に

 

「将来社会に出た時に役に立つからだよ。」

 

と漠然とした答えを返して来ました。

 

 

その度に「本当にそうなのだろうか?」とモヤモヤした気持ちになったのを今でもよく覚えています。

 

 

 

そして、大人になった今

 

 

やっぱり俺にとっては学ぶ必要が全くなかっただろう!とさえ思える学習項目もいっぱいあったと感じるのです。

あの時勉強したアレは、結局テストで点数を取る為だけの勉強時間と労力であったな。

 

そう感じる項目はぶっちゃけ少なくありません。

 

時代遅れな学校教育システムは今を生きることにどれだけ役に立っているか?

 

学校というシステムは、画一的な価値観や能力を持った人材を一定数量産していく!という意味においては非常に優れたシステムだと思います。

 

 

それはまだ、あまり物(テレビや冷蔵庫や車など)がなかった戦後や高度成長期の日本の教育システムとしては非常にコミットしたシステムだったかもしれません。

 

その頃は今の物が溢れた余剰社会とは違い、メーカーが車を売れば皆がこぞって車を手に入れたし、テレビを売ればテレビが売れた時代です。

 

生活が便利になる為の新しい家電や商品ならば、みんなが自然に欲しがったし、結果買っていたのです。

 

 

 

そうしてメーカーはより便利な商品を開発しては世の中に送り出し、消費者はそれを求め続けた!

 

そんな時代が日本の物作りの技術を高め、世界第2位として君臨した経済大国の地位を長い間構築する原動力として機能し続けたというのです。

 

 

でも、国が豊かになると状況は少しずつ変わっていきます。

 

人々の家の中には冷蔵庫も掃除機もクーラーもテレビも一通りがどの家庭にも揃っているのが当たり前の時代に入り、

 

よほど画期的な商品でない限り、人々はメーカーが作る物を何でもかんでもとは買わない時代に移り変わって来たんです。

 

つまり物が余剰し始めた社会に突入したのです。

 

 

 

要は物が過去のようには簡単には売れない時代に突入した!ということですね。

 

 

 

するとどのような歪みが世の中に現れ出すか?

 

例えば各メーカー同士で価格競争が始まります。

 

家電量販店などに行けば分かると思いますが、発売当時は10万円する商品も、一年もして型落ちになったりすると半額以下で販売されている!といったこともよくある話ですよね?

 

価格競争の結果、メーカーが疲弊して体力を失うとどのような問題が起こるか?

 

例えば社員の給与やボーナスカットだったり、リストラだったりが起こるのです。

 

 

これらの現象は物が簡単に売れていた高度成長期の日本では起こらなかった現象なわけです。

 

 

 

時代に合わせて本来必要とされる知恵や常識は変化する

ここで、学校教育と日本のかつての物作りのスタイルの関連性や合理性に焦点を当ててみましょう。

 

上記で述べたように、学校教育というのは画一的な人材を量産するシステムとして一定の機能を果たして来ました。

 

何故国は画一的に同じような能力を要した人材を育成して量産する必要があったのか?

 

当然ですが、戦争で力を弱めた日本が国力を取り戻す為に国力を引き上げる必要があったからです。

 

そこで優秀な人材を画一的に育てるプログラムとして今も続く学校教育というシステムがスタートしました。

 

 

そして、僕らは子供の頃から家庭や先生たちから

「いい高校、いい大学、いい会社に就職する為に勉強を頑張りなさい!」

 

そう言われて学校や勉強と向き合って来たと思います。

 

 

 

まるでスローガンのように。

 

画一的な人材を育成するということは国や企業にとってもメリットが高い側面もあります。

 

それぞれ学びという基礎があるからこそ、違う人間同士が集まったとしてもある程度のコミュニケーションや訓練を重ねることで簡単に共同作業などへと移行し、力を合わせた作業を実現化、簡略化出来るからです。

 

 

 

結果、生産性が高まる!という効果を生み出します。

 

「物作りの日本」と呼ばれた生産大国だった頃の日本は、企業や工場が作る商品をベルトコンベアー式に大量生産する為に画一的な人材が大量に必要とされた時代であったと言われています。

 

だから、学校教育に対してもあまり異論を唱える人は多くなかったのです。

 

 

 

結果を出すことにコミットし続けたわけですから。

 

 

でも、今の時代は現在の学校教育の在り方に対して異論を唱える人があちこちに出て来ています。

 

物や情報が多様化し、生き方や働き方改革が叫ばれる昨今

 

画一的な人材だけを増やし続けるような既存の学校教育は果たして良いのだろうか?と!

 

何か専門性を持った分野に特化した人材や突き抜けた才能を持つリーダーの発掘など、

 

これからの日本はもっと様々で多種多様な人材を育てていかないといけない時代に突入しているかもしれないですね。

 

でも、皆が画一的な教育を受け、「右向け右」といった協調性を強いるようにして画一性を正義や常識として長い時間過ごして来た僕たち日本人にとって

 

協調したり同調出来ないヤツはウザい!

 

はみ出し者や出すぎた杭は打ち込んでやろう!

 

このような風潮や感覚が当たり前の社会を生み出してしまいました。

 

そして、皆と違う目立った存在は受け入れにくいからみんなで叩いてしまおうという心や感覚の習慣化を日本の社会はほとんど均一に抱えるようになったと思います。

 

この点に違和感や疲弊感を感じながら過ごしているという方は正直少なくないと思います。

 

 

多様化したネット社会の現代、どのように生きるべきか?

 

では、どうすれば良いのか?

 

これだけ情報や物や多様な生き方が溢れるようになった成熟社会を迎えた現在、

 

僕は教育の在り方も一部新しい時代に合う形で見直した方がいいと思います。

 

例えば冒頭で述べた「お金の勉強」を学校が教えるなどもそうです。

 

だってこれ超重要ですよ???

 

世の中を見たら、お金が発端となって裏切りや騙し合い、喧嘩や殺人や裁判や戦争まで年がら年中あちこちで起こっています。

 

 

これは紛れもない事実なのです。

 

お金によって身を滅ぼすという人間は現実的に山ほどいるのです。

 

それらの多くはお金との向き合い方を勉強して来なかったからではないでしょうか?

 

 

もし学校教育でお金で身を滅ぼさない人材が増える努力をしたら、不幸になる人や世界平和にだって繋がる可能性があるとは思いませんか?

 

僕がお金の話をしているのは別にみんなにお金の亡者になれ!と言っているのではありません。

 

お金に惑わされない生き方の模索をした方が結果としてより良い社会に繋がるから!と思っているのです。

 

 

 

お金によって人を傷つけたり、自分の人間関係や信頼、人生を破滅させない為に

 

お金とどう向き合うべきか?

 

それを学ぶ必要があると思います。

 

上記でも述べた通り、お金を勉強する延長線上には戦争の抑止力にまで話が発展するということなのです。

 

 

 

全ての学生が社会に出てほとんど役に立たない連立方程式を勉強するぐらいならば、実社会で役に立つであろう科目の底上げを図ってみる。

 

そんな考え方だって今の時代必要なんじゃないでしょうか?

 

場合によっては、中学ぐらいからは実社会で役立つ専門学校にそれぞれ分かれて通い出したって良いという考え方だって必要なのかもしれません。

 

少なくとも、大学の卒業証書は人生の担保にはならなくても、例えばプログラミングが出来る!などの特定のスキルがあれば人生の担保になり得るわけです。

 

 

だったらそんな生き方を志す方々の門戸を国や社会がもっと切り開く!そんな柔軟な発想や議論がもっともっと起こっても良いかもしれません。

 

ほとんどの学生にとってこれまでの学校の勉強は

 

 

「勉強を勉強すること(いい進学や就職に繋げる)」が目的でした。

 

でも、今は必ずしも良い大学に入ったからこそ良い就職先に就職出来るといった時代ではなくなって来ています。

 

むしろ最近の傾向としては、コミュニケーション能力が高い!などの実社会や企業の功績に直結しやすい人材を企業は採用しやすい流れも生まれています。

 

それに就職しても過去の日本のように終身雇用が保証されていた時代はとっくに過ぎてしまっています。

 

 

転職率はどんどん上がっているし、企業が体力をなくせばリストラにあってしまう可能性だってあります。

 

企業が個人を守るという神話も今の時代では起こりえないし、結局は個人が個人の能力を高め、自分で生き残る力を蓄えなければ企業や団体に属していたとしても勝ち残ることさえ困難な時代です。

 

だから画一的な考え方だけではこの困難を解決に自分自身を導くことの出来るぶっ飛んだ発想は生まれにくい!と僕は考えます。

 

 

 

これからの時代を賢く生きる上で僕らが本当に必要なのは、

 

テストで良い点数を取る為にとか、いい大学、就職をする為に勉強する為に勉強するという「勉強することそのものが目的となった学習」をするのではなく、

 

「これからの人生をより幸せに生きていく為に勉強をしている」といった人が増えていくべきなんじゃないでしょうか?

 

 

 

 

僕が言いたいのは

 

僕の言っていることを頭ごなしに受け入れるな!

 

同じように他の人たち、国や企業、新聞やマスコミが言っていることも同じように簡単に信じ込んでしまうのではなくてまずは一度疑ってみろ!

 

そしてそこで疑問や質問、違和感、同意の何かしらの感覚を感じたならば自分なりにその問題を調べ、

 

そして自分なりにどの情報が正しいかを考えてみてください。ということです。

 

要は簡単に入って来る情報に安易に心や頭を支配されてしまって思考を止める習慣化を身につけないでほしい。

と伝えたいのです。

 

 

 

 

僕がこの数回、ブログに書いたお金のことも今後の時代の働き方のこともあくまで僕のビジョンです。

 

こんな生き方や考え方はどうか?と提案しただけです。
(無論僕自身はそれを具現化させる為今後も走りますが。)

 

 

 

賛成意見も反対意見もあって然るべきで、それも含めて皆さん一人一人が考える機会を作る。

 

それこそが大事なことだと思っています。

 

特に一番読んでもらいたい売れずに困っているというタレントや卵の皆さんには、

 

あなたの人生を変える為にも思考を止めないでほしい。

 

そう伝えたくてこのブログを書きました。

 

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