71:バイトを通して何かが変わり始める

 

携帯を取り扱ったアルバイトが本格的に始まった。

 

俺が担当した業務は2種類。

一つはスポットと呼ばれる各携帯屋さんや電機量販店などへのヘルパーとしての派遣業務。

 

俺の場合は主に一日限りの業務となる現場が多く、勤務した先のお店で一日携帯販売員を務めた。

 

そしてもう一つの業務が祝日や土日に同じく電機量販店などの携帯コーナーでブースやマイクなどを設けて賑やかに販促を行うキャンペーンスタッフだった。

 

特殊なコスチュームに着替えた女性キャンペーンスタッフが店先に立って接客やマイクMCを行うその作業の補助的な役割を担うキャンペーンディレクターとしての勤務だった。

 

ディレクターの主な仕事内容は店側と女性キャンペーンスタッフとの間に入り業務内容の確認や店側からの指示を女の子達に伝えたりする現場指揮をキャンペーン責任者として行うほか、女性スタッフの休憩を回したりマイクMCと販売係との持ち場交換を指示するなど状況によって自分の判断を頼りに業務を円滑に執り行う作業を実行する事だった。

 

当然ディレクター自身も店頭に立って販売や接客もするしその中で常に現場全体を見て女の子のモチベーションや体力面のチェックを行い配慮をしなければならなかった。

 

基本は日雇いのバイトだから毎回キャンペーンの現場でチームを組む事になる女の子達はメンツが違う事が多かったしスキルや仕事に対しての真剣さもそれぞれバラバラ。

 

お互い初めて会ったばかりでいきなり仕事を一緒にしないといけないわけだからディレクターは常に女の子から目が離せない。

 

サボったりする子や明らかに態度が悪い子、仕事のスキルや知識すら全く勉強せずに現場に入ってくる子なども時にはいて、そんな中でもお客さんや店側からクレームにならないよう最大限工夫と努力をしなければならない。

 

昔から一度決めた事はとことんやるという性分の俺はこのディレクターという仕事にも愚直なほど真剣に取り組む事になる。

 

その中で俺は次第に周りからの信頼と評判を得る事になっていく。

 

 

72:バイトから学んだ事

 

バイトで始めた携帯会社のキャンペーンディレクター。

 

毎回のキャンペーンには必ずノルマの数字が掲げられディレクターにはその数字やキャンペーン全体の管理が責任として押しかかる。

 

ノルマを達成しなくても特にペナルティーなどはなかったが、そうは言っても数字は一つの業務結果の目安にされた。

 

この種のアルバイトは大学生などが手っ取り早くお金を小遣い程度に稼ぐにはぴったりだったから、中にはしょせんバイトだからと割り切って適当にやっている人間も少なくなかった。

 

だが俺はどうせやるならせっかく与えられた数字や目標があるのだし出来る限りその目標を達成したいと考え業務に取り組んだ。

 

最初は仕事に慣れずただただがむしゃらにやるだけだったが次第に慣れ始めると仕事に独自の工夫やアイディアを取り入れるようにし始めた。

 

事前に派遣会社から教えられたある程度のノウハウやマニュアルだけでは対応しきれない瞬間が現場では生まれたり特殊な環境下での現場で業務しなければならない時もある。

 

つまりキャンペーンと一言で言ってもその日一緒に仕事するメンツやその日の仕事現場、季節や時間帯、客層など様々な要素によって売れやすい商品も異なれば売れ行きも異なる。

 

業務内容は同じ事を繰り返すだけなのだけど、厳密に言えば一日たりとも同じ内容になるキャンペーンなどなかったのだ。

だから状況や時間帯、現場によってキャンペーンスタッフの立ち位置の配置をよくちょこちょこ動かしたり自分達でポップを作って目立つ場所に張り出したりスタッフの手に持たせて売り場へ客を誘導したりなどもした。

 

特にスタッフの配置変えには色々な意味が含まれていて、単純に目立つところにスタッフを配置する事でキャンペーンを行っているのをお客さんにアピールする事だけが目的なのではなく、一つの位置に立っていたり一つの作業だけを延々と繰り返していると人間の集中力はどうしても切れてしまうので、立ち位置を変えてあげたり別の仕事や役割をスタッフに提供する事で気分転換や集中力の持続効果が望めた。

 

こうして俺は考えながら仕事をする事をバイトを通して意識し始めるようになっていく。

 

 

73:バイトから変わり始めた俺

 

今思えば俺が変わっていけた一番のきっかけになったのは約3年近く続けた携帯屋のバイトのお陰かもしれない。

 

俺はバイトを通して色々な事を考え行動し、そして色々な人と交流するようになった。

 

 

性格上自分が始めた事はとことんやる性分だから携帯屋のバイトにもとにかく真剣に打ち込んだ。

 

携帯のキャンペーン現場ではディレクターとして女の子のスタッフ達を仕切り、どうすれば自分の思った事をスタッフ達がやり遂げてくれるかを3年間かけて学習した。

 

しかも毎回現場で会う子達は大抵バラバラだったし、それぞれ違った対応や言い回しの指示が必要だったりしたからディレクターとして沢山の引き出しがなければ現場でそれらの女の子達を上手く仕切るのは難しかった。

 

 

そういった内輪に向けた業務の取り組みの他、現場をお借りしている店側の常勤スタッフとも上手く連携を取ったり仕事をやりやすい環境に整えるのもディレクターのもう一つの大きな役目だった。

 

店側から拒絶反応やクレームが出てしまうとたちまち現場が険悪になり仕事が非常にやりにくくなってしまう。

 

そこを上手く取り持つのもディレクターの腕の見せどころだった。

 

それに加え俺は自分自身が現場に出れば誰よりも携帯の販売では実績を出す事が多かった。

 

お客さんに合わせた接客トークが身についたし、意識して必要な情報と不必要な情報の出し入れをお客さん目線で与えたからダラダラした接客になりにくかったし客と販売員のちょうど良い距離感が保て、信用して販売に繋がる事が多かったのだ。

 

 

更には自分自身は休憩も取らない日も少なくなかったし他の誰よりも働くようにした働きぶりも評価され、最終的にはあちこちのお店から指名が入る名物ディレクターになっていけたのだ。

 

俺はバイトを通して人に必要とされ、長らく忘れかけていた自信を少しずつ取り戻していく事になる。

 

 

74:バイトの俺が社員に研修指導

 

バイトは俺に自信と生きる活力を取り戻させたがその生活が長くなると俺の感性は段々と普通のサラリーマンに近い感覚になっていき、役者やアーティストとしての小松拓也の感性やモチベーションは次第に鈍っていく。

 

それに更に拍車をかけたのは俺自身の一つの事にのめり込みやすいという元来からの性格だった。

 

バイトで派遣会社や各勤務先の家電量販店から信用が深くなっていくと更にその期待に応えようとバイトにのめり込んだ。

 

 

携帯に関しての知識はとにかく常に勉強して新商品や新サービスも細かく認知するようにしていたし、ノートをつけながら更に仕事の効率を上げる為、自分独自のマニュアルを開発したりもしていた。

 

更には仕事の実績や勤務態度が評価され派遣会社からも絶大の信頼を受けるようになり、終いには新人の社員やアルバイトのスタッフ達に俺自身もバイトの身でありながら研修指導を行ったりもした。

 

周りからの信頼や評価が高まれば高まるほど俺はどんどん携帯を売るというバイトに没頭していく事になった。

 

そして同時に役者やアーティストとして自分を磨くという活動を疎かにする生活が長くなる。

 

また、そういった生活が長くなっていくとアルバイトである程度普通に暮らす分には生活に困らない収入もあったし働くという事である種の満足感や達成感も得られ、普通の生活もまんざらではないという気持ちに流されるようになっていく。

 

本末転倒なのだが俺はこうしてバイトに偏った生活を3年近く過ごす事になり、その間ほとんど芸能の仕事からも遠ざかっていくのだ。

 

 

75:派遣会社に感じ始めた不満

 

携帯を売るバイトを始めて二年近く経った頃、それまでほとんど変化なく順調に続けていた仕事の環境に変化が現れるようになる。

 

キャンペーンを担当していた派遣会社の社員さんが辞職してしまった事がきっかけだった。

 

辞めてしまった社員さんは現場スタッフ達の意見をよく聞いてくれたし特に俺の事を信頼してくれキャンペーン業務に対して非常に協力的にしてくれた。

 

だが担当者が変わるとそれまで感じていた派遣会社からのサポートが感じにくくなったし、一言で言ってしまえば仕事が機械的に変化し仕事にやり甲斐を感じにくくなってしまった。

 

俺の場合、毎週末あちこちの量販店から指名を受けている状態だったし、その各現場のスタッフとも仲良くなっていたから派遣会社を通さなくても俺を必要としてくれている現場がある事を知っていた。

 

 

だが担当者が変わって以来、そういった指名を頂いているはずの各お店への勤務が激減した。

 

キャンペーンスタッフはお店からの指名が入ると優先的にそのお店へ派遣される仕組みになっていたほか、通常の給与に加え指名料が付与される。

 

だが担当者が変わって以来俺の意思やお店の意思とは別に派遣会社の都合で全く別の勤務現場を任されるようになる事が増え、当然それは俺の不満へと繋がっていった。

 

指名された現場に入れない正当な理由がない場合、せめてその理由を説明してもらえたり話し合いを設けてくれれば俺の印象も違ったかもしれない。

 

だが担当者は俺が知らないと思ってか指名自体が入っていないという説明を何度か伝えてきた。

 

 

俺にとっては二年間自分が築いてきた信頼が一気に崩れ去ってしまった感覚に陥ったし、その途端「あぁ、所詮はアルバイトなんだ…」とそれまで加熱気味になっていたバイトへの思いが次第に覚めていく。

 

そんな最中、ある勤務地でキャンペーン業務をしていたある日、仕事中に他の派遣会社の社長さんに名刺を渡される。

 

 

「是非うちで働きませんか?」

少し前までの俺だったらどんなに給料がアップしてもその言葉に揺れる事はなかったろう。

 

俺にとってはお金よりも人間関係やそこでの信頼関係の方がよっぽど大事だからだ。

 

でもその頃は派遣会社に魅力を感じなくなってバイト自体を変えようか?と悩んでいたのも事実。

 

惰性で今のバイトを続けるよりも思い切って働き先の環境を変えてみようかな?

 

後日、俺は名刺をもらった会社を訪ねる事になる。

 

 

 

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