21:やってきた初めてのドラマ撮影現場はロケからだった

 

ようやく心待ちにしていたドラマの撮影現場がスタートする。

現場にはスタッフさんだけでも本当に多くの人がいるし何だか初めてドラマの撮影現場に入った俺にとってはその場所の空気や空間、人やものやそこに存在する全てが緊張の種だった。

現場には主演の中谷美紀さんやりょうさんもいて今まではテレビの中だけでしか見た事のない人たちがあの日は俺のすぐ近くの距離にいた。

「自分の出番がやってくればそういった人たちと一緒にお芝居をする事になっていくんだなぁ・・・。」

そう考えると元々多くないセリフだったが、それを自宅で散々覚えて練習してきたにも関わらず俺の頭の中はパニック状態になりセリフの事や芝居の事を考える余裕どころか現場にいて平静さを保つ事すら非常に困難な状態に陥っていった。

ただラッキーだったのはあの日俺の登場するシーンは一人芝居のシーンだったので幸い有名な方々と一緒に絡んで芝居をしなくて済んだ。

もし初日から相手が必要な芝居を演じていたらと考えるとあの当時チキンのようなハートしか持ち合わせていなかった俺はきっとそのプレッシャーに耐えられたのかどうか・・・?

ドラマ撮影現場の第一歩目である初日を自分にとって最低限のプレッシャーで終えられた事はウォーミングアップにも繋がったし本当に良かったと思う。

生の現場の雰囲気や撮影の進行具合、空気や緊張感などを実体験出来たわけだし、実際に学校に通いながら学ぶ芝居とはまた別のお芝居の必要性や方法もほんの少しだがあの日感じる事が出来た。

とにかく俺は役者として第一歩目を踏み出す事になったのだ。

 

 

 

22:りょうさんとの共演

 

ドラマ女医の初日撮影を終えるとあまり登場シーンの多くなかった俺は次の撮影日まで日を置くことになる。

当然その期間を使って初日に現場で学んだ反省や学習点を振り返ってイメージトレーニングをする事が出来たしセリフも十分に覚えて準備出来た。

 

だから次に迎える事になった撮影で姉役を演じたりょうさんとの初共演を果たした時、きっと順調にいくと自分に言い聞かせていた。

 

だが実際に始まってみると個人練習の時やイメージトレーニングの芝居とは違いかなり緊張したし新しい困難にぶつかる事になる。

 

ドラマのロケでの撮影というのは1シーン上のカット数を大抵が10数カット以上は撮るものだ。

 

角度を何度も変えてカメラを回したりレンズの大きさを変えたりしながら同じシーン、同じ芝居を何度も何度も撮り続ける。

しかも必ずしも1シーン上の一連の流れを順番通りに撮るというわけではない。

 

だから例えばA→B→C→D→Eというような流れで話が進むシーンだった場合、A→D→E→C→B→D→Bといったようにランダムに撮ったり、場合によってはさっきの話の流れでは一度撮り終えたはずだというようなシーンをもう一度今度は違う角度から撮るというような作業も生まれるわけだ。

非常に大変で長時間に渡る作業だ。

 

役者はその中で常に一定の感情や集中力を保たなければならないし、前のカットと後ろのカットの繋がりを考えながら同じ芝居を繰り返す様々な努力を試みなければならない。

 

もしテンションや1つ1つの動きが前のカットと後ろのカットを編集して繋いだ時に大きく違うようだとたちまちそこに矛盾が生まれてしまい違和感の種となってしまう。

 

りょうさんと初共演したあの日俺は前回の撮影では味わえなかったこういった新しい困難に直面する。

何度も何度も同じシーンをランダムな順番で撮っているうちに頭が訳分からなくなり、撮り終える頃にはただただヘトヘトになっていた・・・。

 

当然後日テレビで自分の芝居を見た時は自分の芝居の下手さ加減にガッカリする結果となっていた・・・。

 

 

23:ドラマ撮影を終えて

 

俺にとって役者デビュー作となったドラマ女医。

 

元々俺が演じた役柄の出演機会はそんなに多くなかった事もありドラマの中盤で俺は周りの役者さんよりも大分早くクランクアップを迎える。

 

寂しさも達成感も正直ほとんどなかったように思う。

 

撮影中は常に自分に余裕がなくていっぱいいっぱいになってしまっていたし何が何だがよく分からないうちに撮影が全て終了してしまったといった感じだった。

欲を言えばもっと長く現場にいる機会が欲しかった。

そしてそこでもっと学んでいたかった。

 

だが現実は儚いもので自分が思うような都合の良いものではないし非常にシビアなものだった。

こういった一回の出演チャンスを活かすも殺すも全て自分次第なのだ。

 

実力のある者は一回のドラマ出演をきっかけに世間の注目を集めスター街道を歩く者もいるし、実力や存在感のない者はそのドラマに出演したという記録だけが残り再び日の目を見ない生活を送るだけである。

俺は確実に後者の道を歩いた・・・。

 

 

それに俺はあの当時大きな勘違いをしていた。

現場で演じる事が出来る機会はあくまで試合本番に臨むことと一緒で練習の場では決してない。

 

 

練習の時間を現場で本番に臨む何倍もかけて臨まなければならないのだという事を俺は理解していなかったしその作業を決定的に怠っていた。

だからせっかく滅多に回ってこない大きなチャンスを手に入れる事が出来たのにそのチャンスを活かす事が出来ず、結局次のチャンスが訪れるまで更に1年以上もの間待たなければならない事になった。

 

 

24:売れたいなら絶対にパートナーにアピールするべきだった

 

ドラマ女医の撮影が終わりしばらくは全く仕事がない日々が続いた。

芸能界というのはパッと見華やかに映るかもしれないが1つの職業として考えた時に非常に不安定な日雇いのアルバイトみたいな業種だ。

 

しかも日頃自分に訪れるチャンスなど決して多くはないし競争率も非常に厳しい世界。

 

俺は結局女医の撮影後1つの仕事もする機会に恵まれず1年半を過ごす事になっていく。

 

ただ俺の場合ラッキーだったのは所属事務所との契約が給料制だったから仕事がなくても毎月決まった収入を手に入れる事が出来た。

だから少なくても収入面では焦る必要がなかったしある程度は安定した暮らしが出来た。

 

そこで手に入れたお金を自分への投資に転化させていけば更に広がった未来を手に入れる事が出来たのかもしれないがあいにく当時の俺には全くそういった考え方も行動力もなく結局ただただ無駄に過ごす時間だけが重なっていく。

しかも俺は次の仕事を手に入れるまでの1年半ほとんど芝居の勉強をしていなかった。

 

毎日適当に好きな事だけをしながら過ごす事が癖になっていったし、その間マネージャーや会社に対してのアプローチもほとんどしなかった。

身近な人間へのアプローチがどれだけ大切かという事が今の俺には痛いほどよく分かるのだが昔の俺にはまるっきり分かっていなかった。

 

会社からたまに呼び出される事があっても最初に思い浮かぶのは「面倒臭いなぁ・・・」というネガティブな気持ちだったし、「わざわざ電車で都内まで行くのしんどいな」っていつも感じていた。

自分を売り込んでくれる大切なパートナーが自分の事を理解もせずどうやって営業すれば良いのか?

 

パートナーには周りのどんな人間以上に自分の事を理解してもらう努力をし、自分を好きになってもらう必要がある。

 

それなのに当時の俺は自分を誰にも理解してもらおうとしなかったばかりか仕事はいつか勝手に会社からやってくるものだとばかり思っていた・・・。

極論を言ってしまえば日本での10数年に及んだ俺の芸能生活で俺に一番欠けていたのは演技のスキルとか芸能人のオーラとか歌が上手い下手とかそういう事ではなく、パートナーを作る努力をしなかった事だ。

 

スキルがある人間ばかりが現場に溢れて活躍しているわけではない。

でも自分の身近なところに「自分」という人間やブランドを心から好きで支えてくれる心強いパートナーを持っている人は必要なスキルを手に入れるまでの過程段階でも強力なバックアップを受けながら歩いていく事が出来る。

 

何でそんな簡単な事に俺は長い間気付けなかったんだろうなぁ・・・。

 

 

25:人間は一瞬では変われない

 

ドラマ女医を撮り終えた直後の俺は次ももしかしたらまた新しい映画やドラマの仕事がすぐに入り込むのではないか?

 

もしかしたらよくテレビで見ていたあの役者さん達のように自分も上手くスター街道に乗っかっていく事が出来るんじゃないか?という甘い期待に溢れていた。

当然その時期はモチベーションも高いし多方面での行動力もある。

 

けれど仕事がなければこういったモチベーションを維持するのは本当に大変だし、更に時間が経てば経つほど先の見えない目標に対して努力を続ける姿勢や気持ちは薄れていき行動力も消えていく。

女医のあと俺はそんな生活を送る事になった。

 

 

しかも性質の悪いことに人間とは環境や変化についつい適応してしまう生き物みたいだ。

それが良い習慣や行動であれば当然何も言う事はないのだが、それが悪い習慣や癖、日常の行動であったりすると一度陥ってしまったその負の連鎖からなかなか抜け出す事が出来なくなる。

 

苦しい事よりも楽で楽しいことを選び努力をしない日々が続いた。

そしてそれは次第に自分って言う人間の真ん中に常に存在するスタンダードな状態になっていってしまった。

 

楽な位置にいる事に慣れ過ぎてしまった俺は常に重たい腰を上げる事が出来ず、たまに「やっぱり努力をしないといけないよなぁ」って重たい腰をやっとの思いで持ち上げてみても苦しい事を続ける体力がなくなっていてすぐに諦めてしまう。

 

そんな生活がこの先10年も続いたのだ・・・。

当然この10年間には俺の成功は待っていなかった。

 

 

話は少しそれるのだが俺は足の怪我で入院して寝たきりになっていた生活を送った事があるから分かるのだが、1週間もまるっきり歩く事なくベッドの上にいると人間の足は急激に痩せ細り、2週間も経つと普通に歩く事すら困難になってしまうのだ。

つまり「生きる」という事は筋トレと一緒。

何気なく日常を送ってただただ歩いているだけのように自分では感じていても最低限人間はそんな何気ない生活の中で歩く為に必要な筋肉や能力を備えているわけだ。

これは言い換えればトレーニングと一緒。

 

でもたったの1週間、2週間歩かず最低限のトレーニングをやめてしまうと嘘のように人間の体は動かなくなる。

しかも2週間過ぎた頃には歩くのに必要な筋肉がなくなってしまっているばかりか柔軟性すら失ってしまっている為歩いた時に激痛を伴うのだ。

 

休めば休んだだけ普通でいる事すら難しくなっていった・・・。

俺は10年もの長い間この負のスパイラルから抜け出せず本当に苦しむ事になる。

 

 

 

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